・・・ 蒲団引きおうて夜伽の寒さを凌ぎたる句などこそ古人も言えれ、蒲団その物を一句に形容したる、蕪村より始まる。「頭巾眉深き」ただ七字、あやせば笑う声聞ゆ。 足袋の真結び、これをも俳句の材料にせんとは誰か思わん。我この句を見ること熟せ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・彼は天命を負うて俳諧壇上に立てり。されども世は彼が第二の芭蕉たることを知らず。彼また名利に走らず、聞達を求めず、積極的美において自得したりといえども、ただその徒とこれを楽しむに止まれり。 一年四季のうち春夏は積極にして秋冬は消極なり。蕪・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・おかあさんはそれをあんまり悲しんでおうぎ形の黄金の髪の毛をきのうまでにみんな落としてしまいました。「ね、あたしどんなとこへいくのかしら。」ひとりのいちょうの女の子が空を見あげてつぶやくようにいいました。「あたしだってわからないわ、ど・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・第五日曜 オツベルかね、そのオツベルは、おれも云おうとしてたんだが、居なくなったよ。 まあ落ちついてききたまえ。前にはなしたあの象を、オツベルはすこしひどくし過ぎた。しかたがだんだんひどくなったから、象がなかなか笑わなく・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・「くるみはみどりのきんいろ、な、 風にふかれて すいすいすい、 くるみはみどりの天狗のおうぎ、 風にふかれて ばらんばらんばらん、 くるみはみどりのきんいろ、な、 風にふかれて さんさんさん。」「いいテノー・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・このお方は麻生農学校の先生です。」 私はちょっと礼をしました。「で武田金一郎をどう処罰したらいいかというのだね。お客さまの前だけれども一寸呼んでおいで。」 三学年担任の茶いろの狐の先生は、恭しく礼をして出て行きました。間もなく青・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・馬を追う鞭ですよ。あっちへ馬が四疋も行ってますからねえ。そらね、こんなふうに。」 百姓はわたくしの顔の前でパチッパチッとはげしく鞭を鳴らしました。わたくしはさあっと血が頭にのぼるのを感じました。けれどもまた、いま争うときでないと考えて山・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・沢や婆の丸い背を見つけると、彼女は、「おう、婆やでないかい」と云いながら、眼鏡をはずした。眼鏡は、鼻に当るところに真綿が巻きつけてある。五つ年下の植村婆さんは、耳の遠い沢やに、大きな声で悠くり訊いた。「いよいよ行ぐかね?」 ・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・二人の老人はかおを見合わせてホッと溜息をつきながらだまって涙ぐみながらトボトボとそのあとを追うて行く。精女は力のぬけた様に草の上に座ってつぼをわきに置きながら。シリンクス お主さまからしかられよう――私はただあの人が云って呉れと・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・記者として働く一人一人が、当時新しく強く意識された人格の独立を自身の内に感じ、自分が社に負うているよりも、自分が正にその社を担っている気風があった。しかしここで注目すべきことは、日本では、明治開化期が、二十二年憲法発布とともに、却って逆転さ・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
出典:青空文庫