・・・ 賢造は念を押すように、慎太郎の方を振り返った。慎太郎はまだ制服を着たまま、博士と向い合った父の隣りに、窮屈そうな膝を重ねていた。「ええ、すぐに見えるそうです。」「じゃその方が見えてからにしましょう。――どうもはっきりしない天気・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・』と念を押すように問い返すのです。私『万事かどうかは知らないが、君の細君と楢山夫人との関係だけは聞いていた。』三浦『じゃ、僕の妻と妻の従弟との関係は?』私『それも薄々推察していた。』三浦『それじゃ僕はもう何も云う必要はない筈だ。』私『しかし・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・書中に云っている所から推すと、彼は老儒の学にも造詣のある、一かどの才子だったらしい。 破提宇子の流布本は、華頂山文庫の蔵本を、明治戊辰の頃、杞憂道人鵜飼徹定の序文と共に、出版したものである。が、そのほかにも異本がない訳ではない。現に予が・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・思い入って急所を突くつもりらしく質問をしかけている父は、しばしば背負い投げを食わされた形で、それでも念を押すように、「はあそうですか。それではこの件はこれでいいのですな」 と附け足して、あとから訂正なぞはさせないぞという気勢を示した・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 扉を押すと、反動でドンと閉ったあとは、もの音もしない。正面に、エレベエタアの鉄筋が……それも、いま思うと、灰色の魔の諸脚の真黒な筋のごとく、二ヶ処に洞穴をふんで、冷く、不気味に突立っていたのである。 ――まさか、そんな事はあるまい・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 山伏の言につれ、件の毒茸が、二の松を押す時である。 幕の裙から、ひょろりと出たものがある。切禿で、白い袖を着た、色白の、丸顔の、あれは、いくつぐらいだろう、這うのだから二つ三つと思う弱々しい女の子で、かさかさと衣ものの膝ずれがする・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・山男に石を食す。河童の手を奪える。それらなり。この二種の物語のごときは、川ありて、門小さく、山ありて、軒の寂しき辺には、到る処として聞かざるなき事、あたかも幽霊が飴を買いて墓の中に嬰児を哺みたる物語の、音羽にも四ツ谷にも芝にも深川にもあるが・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・満蔵が正直あふれた無言の謝罪には、母もその上しかりようないが、なお母は政さんにもそれと響くよう満蔵に強く念を押す。「ねい満蔵、ちょっとでもそんなうわさを立てられると、おとよさんのため、また省作のため、本当に困ったことになるからね。忘れて・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・なに結構至極な所だからきめてしまってもよいと思ったけど、お前はむずかしやだからな、こうして念を押すのだ。異存はないだろう」 まだおとよは黙ってる。父もようやく娘の顔色に気づいて、むっとした調子に声を強め、「異存がなけらきめてしまうど・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 椿岳の兄が伊藤の養子婿となったはどういう縁故であったか知らないが、伊藤の屋号をやはり伊勢屋といったので推すと、あるいは主家の伊勢長の一族であって、主人の肝煎で養子に行ったのかも知れない。 伊藤というはその頃京橋十人衆といわれた幕府・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫