・・・お前には、書けそうも無いな。おとなの世界を、もっと研究しなさい。なにせ、不勉強な先生だから。」 兄は、あきらめたように立ち上り、庭を眺める。私も立って庭を眺める。「綺麗になりましたね。」「ああ。」 私は利休は、ごめんだ。兄の・・・ 太宰治 「庭」
・・・わかい男女の恋の会話は、いや、案外おとなどうしの恋の会話も、はたで聞いては、その陳腐、きざったらしさに全身鳥肌の立つ思いがする。 けれども、これは、笑ってばかりもすまされぬ。おそろしい事件が起った。 同じ会社に勤めている若い男と若い・・・ 太宰治 「犯人」
・・・実際その映画にはおとなにもおもしろい「いろんな」ことがあったのである。 見なれた人にはなんでもない物事に対する、これを始めて見た人の幼稚な感想の表現には往々人をして破顔微笑せしめるものがあるのである。 文楽の人形芝居については自分も・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・牛乳びんがいっせいに充填されて行くところだとか、耕作機械の大分列式だとか、これらは子供にもおとなにも、赤にも白にも、無条件におもしろい何物かをもっている。映画のそもそもの始めに見物を喜ばせた怒濤の実写などが無条件におもしろがられたのは、決し・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ もう少し観客を子供扱いにしないでおとな扱いにしてもらいたいという気がしたことであった。 これと同じような不満は従来の鉄道省の宣伝映画を見ているうちにもしばしば感じたことがある。現に眼前に映写されている光景が観客の知識の戸棚のどの引・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・それを学生のいうことでも馬鹿にしないで真面目に受け入れて、学問のためには赤子も大人も区別しない先生の態度に感激したりした。こういう本格的な研究仕事を手伝わされたことがどんなに仕合せであったかということを、本当に十分に估価し玩味するためにはそ・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・残念ながらわが国の書店やデパート書籍部に並んでいるあの職人仕立ての児童用絵本などとは到底比較にも何もならないほど芸術味の豊富なデザインを示したものがいろいろあって、子供ばかりかむしろおとなの好事家を喜ばすに充分なものが多数にあった。その中に・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・そうして、子供を連れて乗ったおとなもつい子供のような気持になる、といったような奇態な電車である。柱の白樺の皮がはがれた所を同じ皮で繕って、その上に巻いたテープには「白樺の皮をだいじにしてください」と書いてある。なるほど、だれでもちょっとはが・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・はじめは小さな女の子など、それに帳場の若い人たちが加わって踊っているうちに、だんだんにおとなも加わって、いつとなしに踊りの輪が丸くつながる。そうしているうちに潮のさして来るように次第に興が乗り、次第次第に気合いがかかって来るのが、見ていても・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・子供でない、大分大人になった。明治の初年に狂気のごとく駈足で来た日本も、いつの間にか足もとを見て歩くようになり、内観するようになり、回顧もするようになり、内治のきまりも一先ずついて、二度の戦争に領土は広がる、新日本の統一ここに一段落を劃した・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫