・・・何か悪いことをするように、胸がおどおどした。 が、まもなく、平気になってしまった。 のみならず、相手がこちらの手を強く握りかえした時には、それは、何を意味しているか、握手と同時に、眼をどう使うと、それはこう云っているのだ。気がすすま・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 通訳は子供のようにおどおどしながら、村の方を見ていた。――銃声は、一つまた一つ、またまた一つと、つづけてパチパチ鳴りひびいた。 大隊長と、将校は、野球の見物でもするように、面白そうに緊張していた。 ユフカは、外国の軍隊を襲撃し・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ と、ひどくおどおどしているような、まの抜けた返辞をいたしました。「なんだいではありませんよ」と女は、声をひそめて言い、「こんな、ちゃんとしたお家もあるくせに、どろぼうを働くなんて、どうした事です。ひとのわるい冗談はよして、あれを返・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・疎開先の青森から引き上げて来て、四箇月振りで夫と逢った時、夫の笑顔がどこやら卑屈で、そうして、私の視線を避けるような、おどおどしたお態度で、私はただそれを、不自由なひとり暮しのために、おやつれになった、とだけ感じて、いたいたしく思ったものだ・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ 郵便局は、いつもなかなか混んでいる。私はベンチに腰かけて、私の順番を待っている。「ちょっと、旦那、書いてくれや。」 おどおどして、そうして、どこかずるそうな、顔もからだもひどく小さい爺さんだ。大酒飲みに違いない、と私は同類の敏・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・彼は月の光りさえまぶしいらしく、眉をひそめて僕たちをおどおど眺めていた。 僕は、今晩はと挨拶したのである。「今晩は。おおやさん。」あいそよく応じた。 僕は二三歩だけ彼に近寄って尋ねてみた。「なにかやっていますか。」「もう・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・いいよ、寒くてかなわない、などと、まるでもうご自分のお家同様に振舞い、わめき、そのまたお友だちの中のひとりは女のひとで、どうやら看護婦さんらしく、人前もはばからずその女とふざけ合って、そうしてただもうおどおどして無理に笑っていなさる奥さまを・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・しりと乗り込んでいるので、すまないやら、恥かしいやら、こわいやらにて眼のさきがまっくろになってしまって居づらくなり、つぎの駅で、すぐさま下車する、ゲエテにさも似た見ごとの顔を紙のように白ちゃけさせて、おどおど私に語って呉れたが、それから間も・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・に、さし画でもカットでも何でも描かせてほしいと顔を赤らめ、おどおどしながら申し出たのを可愛く思い、わずかずつ彼女の生計を助けてやる事にしたのである。物腰がやわらかで、無口で、そうして、ひどい泣き虫の女であった。けれども、吠え狂うような、はし・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・と人が変ったようなおどおどした口調で言って、私の顔を覗き込む。「僕は、要らない。」私は、出来るだけ自然の風を装って番茶を飲み、池の向うの森を眺めた。「いただきます。」と少年の、つつましい小さい声が聞えた。「どうぞ。」と私は、少年・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫