・・・私は、弱い男であるから、酒も呑まずに、まじめに対談していると、三十分くらいで、もう、へとへとになって、卑屈に、おどおどして来て、やりきれない思いをするのである。自由濶達に、意見の開陳など、とてもできないのである。ええとか、はあとか、生返事し・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・ノートを控えている他の仲間から、それではあんまりちがうようだがと注意されて読み違えたことに気がつくと、顔をまっかにして非常に恥じておどおどする。どうも失敬した失敬したと言い訳をする。なるべく藤野には読ませぬようにしたいとだれも思・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ 馬もびっくりしましたぁね、おどおどしながらはね起きて身構えをして斯うバキチに訊いたってんです。(誰バキチが横木の下の所で腹這いのまま云いました。(さあ、知らないよ、バキチだなんて。おれは一向と馬が云いました。」「馬がそう云ったんで・・・ 宮沢賢治 「バキチの仕事」
・・・学課のきめかたも、先頃は、英語などはいけないとやめさせられましたが、世界の日本として生活してゆくのに、女性がカン詰の広告一つよめなくて、おどおどしていてよいのでしょうか。少女たちは、女学生として、自分たちの勉強のしかたを研究し、研究するため・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・ 物におどおどし、恥しいほど決断力も、奮発心も失せてしまった。 貧と不具にせめさいなまれて、栄蔵の神経は次第に鈍く、只悲しみばかりを多く感じる様になった。 今度お君を自分の妹の家へやるについても、栄蔵の頭には、これぞと云った父親・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 一言自分のために―― こんな事も思って娘のあの早口さを思い出したりしながらも昼間その家の前の一本道なんかで会うときっと道もない畑の中をわたって反対の方に行ってしまった。 おどおどしながら仙二はまだ若い娘が落ついた取りすました・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・そういう今日の共感に交えてデスデモーナのオセロにたいする封建的な屈従と畏怖とが、大切な愛をおどおどとさせ、才覚とほんとうの正直さとを失わせ、一枚のハンカチーフを種にイヤゴーの奸策につけ入らせた。そのルネッサンス女性の暗愚さは、ソヴェトの若い・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・彼女は、娘の時は父の為、成長してからは不平満々な良人の為、母となっては、数多い子供達の為に、自分のあらゆる希望要求を犠牲にしつくし、いつもおどおど労苦の絶えない女性でした。ロザリーが物心づいて第一に感じたのは、男の人と云うものは何と云う偉い・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・私も一緒にたちどまっておどおどした様な子供子供した御敬ちゃんのかおを見つめる。思わずうす笑いが口のはたに浮ぶ。「ほんとうになんだか気味が悪い人だこと、それに今日はいつもにもまして変な様子をして」 私の見つめて居るのをさける様にわきを・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・老人はおどおどしている。青年は自分の声のききめを測量しながら、怒りの表情の抑揚のつけ方をちょっと思案してみる。――これも自然である。声、表情、そうしてある目的のために老人の人格を圧迫している青年の意志、感情、打算。我々は外形に現われたものを・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫