・・・とて、……及び腰に覗いて魂消ている若衆に目配せで頷せて、「かような大魚、しかも出世魚と申す鯉魚の、お船へ飛込みましたというは、類稀な不思議な祥瑞。おめでとう存じまする、皆、太夫様の御人徳。続きましては、手前預りまする池なり、所持の屋形船。烏・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・お祭の当日は朝からよく晴れていて私が顔を洗いに井戸端へ出たら、佐吉さんの妹さんは頭の手拭いを取って、おめでとうございます、と私に挨拶いたしました。ああ、おめでとう、と私も不自然でなくお祝いの言葉を返す事が出来ました。佐吉さんは、超然として、・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・モオニングの紳士が、ひどくいい機嫌ではいって来て、「やあ、諸君、おめでとう!」と言った。 兄も笑顔で、その紳士を迎えた。その紳士は、御誕生のことを聞くや、すぐさまモオニングを着て、近所にお礼まわりに歩いたというのである。「お礼ま・・・ 太宰治 「一燈」
・・・ と申しました時に、ちらと夫は仮面の底から私を見て、さすがに驚いた様子でしたが、私はその肩を軽く撫でて、「クリスマスおめでとうって言うの? なんていうの? もう一升くらいは飲めそうね」 と申しました。 奥さんはそれには取り合・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・「や、おめでとう。」いまに親友の細君になるひとだ。私は少し親しげな、ぞんざいな言葉を遣って、「よろしく願います。」 姉さんたちは、いろいろと御馳走を運んで来る。上の姉さんには、五つくらいの男の子がまつわり附いている。下の姉さんには、・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ 私を坐らせて、それからお二人も私の前にきちんと坐って、そろってお辞儀をして、「今日は、おめでとうございます。」と言った。それから中畑さんが、「きょうの料理は、まずしい料理で失礼ですが、これは北さんと私とが、修治さんのために、ま・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・破れるほどの喝采にて、またもわれら同業者の生活をおびやかす下心と見受けたり。おめでとう。『英雄文学』社のほうへ送った由、も少し稿料よろしきほうへ送ったらよかったろうに。でも、まあ、大みそか、お正月、百円くらい損してもいいから、一日もはやく現・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・新年おめでとうございます。元旦。 あなたは私をおだましなさいました。あなたは私に、第二、第三の風の便りをも書かせると約束して置きながら、たっぷり葉書二枚ぶんのおかしな賀状の文句を書かせたきりで、私を死なせてしまうおつもりらし・・・ 太宰治 「猿面冠者」
書房を展開せられて、もう五周年記念日を迎えられる由、おめでとう存じます。書房主山崎剛平氏は、私でさえ、ひそかに舌を巻いて驚いたほどの、ずぶの夢想家でありました。夢想家が、この世で成功したというためしは、古今東西にわたって、・・・ 太宰治 「砂子屋」
・・・「おめでとう。新年おめでとう。」 私はそんな事を前田さんに、てれ隠しに言った。 前田さんは、前は洋装であったが、こんどは和服であった。おでんやの土間の椅子に腰かけて、煙草を吸っていた。痩せて、背の高いひとであった。顔は細長くて蒼・・・ 太宰治 「父」
出典:青空文庫