・・・人みな同じ、五段おとされたこと忘れ果て、三段の進級、おめでとう、おめでとうと言い交して、だらしない。十年ほど経って一夜、おやおや? と不審、けれどもその時は、もうおそい。にがく笑って、これが世の中、と呟いて、きれいさっぱり諦める。それこそは・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・「それは、おめでとう。」佐野君は、こだわらずに言った。事変のはじまったばかりの頃は、佐野君は此の祝辞を、なんだか言いにくかった。でも、いまは、こだわりもなく祝辞を言える。だんだん、このように気持が統一されて行くのであろう。いいことだ、と・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・「やあ、今日はおめでとう。お招き通りやって来たよ。」「うん、ありがとう。」「ところで式まで大分時間があるだろう。少し歩こうか。散歩すると血色がよくなるぜ。」「そうだ。では行こう。」「三人で手をつないでこうね。」ブン蛙とベ・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・「ベゴさん。僕は、とうとう、黄金のかんむりをかぶりましたよ。」「おめでとう。おみなえしさん。」「あなたは、いつ、かぶるのですか。」「さあ、まあ私はかぶりませんね。」「そうですか。お気の毒ですね。しかし。いや。はてな。あな・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
・・・と挨拶し「おめでとう、」と答えたのです。そして私たちは、いつかぞろぞろ列になっていました。列になって教会の門を入ったのです。一昨日別段気にもとめなかった、小さなその門は、赤いいろの藻類と、暗緑の栂とで飾られて、すっかり立派に変っていました。・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
わたしたち日本の人々は、いつもお正月になると、互に、おめでとう、と云いあって新年を祝う習慣をもっております。これまで戦争のなかで迎えた不安な、切ないいく度かの正月を、わたしたちは、おめでとうとも云えませんわね、と云って迎え・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・ 三ガ日の繁忙をさけて来ている浴客だが、島田に結った女中が朱塗りの屠蘇の道具を運んで部屋毎に、「おめでとうございます。どうぞ本年もよろしく」と障子をあけた。正月が来たような、去年と変らぬ川瀬の音で来ぬような一種漠然とした心持・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・ところが勿論日本みたいに除夜の鐘が鳴るわけじゃなし、門松立てるわけじゃなし、元旦に下宿の神さんが「おめでとう」と一言云ったぎりで普通のパンと茶を食ったよ。ヨーロッパ諸国じゃ、日本でもブルジョアが自分達の子供に玩具を買ってやるついでに貧児へ所・・・ 宮本百合子 「正月とソヴェト勤労婦人」
・・・のかわりに、「今日は私達の日ね、おめでとう……」とニコニコしながら嬉しそうに云った。「今日の『プラウダ』はいいよ」 ニーナが受けとった新聞の第一面に、なるほど大きくクララ・ツェトキンの写真がでている。「国際婦人デーについて」・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
出典:青空文庫