・・・彼の温容が心を打ったこと、並、人生の切なさ、恐ろしさ、平凡の底に湛えた切迫さ、真剣さを、一時に感じ、涙となったと云ってよい。 翌十日、自分は、動乱した心持のやや鎮まりを感じ、気分を更える為に髪を洗った。 今日は風の強い、始めて蝉の声・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・そこで考えたにゃ、ものは何でも陰陽のつり合が大切だ。幽霊は陰のものだから陽のものを一つとり合わせて見ようてんで柳を描いたら、うまいこと行ったんだって。――男と女だって、生きてるときは男が陽で女が陰だが死ぬと変りますね、土左衛門ね、ほら、きっ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・それと相談したとて先方が神でもなければ陰陽師でもなく、つまり何もわからぬとは知ッていながらなおそれでもその人と膝を合わせてわが子の身の上を判断したくなる。それでまた例の身贔負,内心の内心の内心に「多分は無難であろうぞ」と思いながら変なもので・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫