・・・二百円、三百円、五百円の代物が二割、三割になるんですから、実入りは悪くもないんですが、あッちこッちへ駆けまわって買い込んだ物を注文主へつれて行くと、あれは善くないから取りかえてくれろの、これは悪くもないがもッと安くしてくれろのと、間に立つも・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ さらぬだに淡島屋の名は美くしい錦絵のような袋で広まっていたから、淡島屋の軽焼は江戸一だという評判が益々高くなって、大名高家の奥向きから近郷近在のものまで語り伝えてわざわざ馬喰町まで買いに来た。淡島屋のでなければ軽焼は風味も良くないし、・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・が、根柢に構わってるのが懐疑だから、動やともするとヒューマニチーはグラグラして、命の綱と頼むには手頼甲斐がなかった。けれども大船に救い上げられたからッて安心する二葉亭ではないので、板子一枚でも何千噸何万噸の浮城でも、浪と風との前には五十歩百・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・そして笑談のように、軽い、好い拳銃を買いたいと云った。それから段々話し込んで、に尾鰭を付けて、賭をしているのだから、拳銃の打方を教えてくれと頼んだ。そして店の主人と一しょに、裏の陰気な中庭へ出た。その時女は、背後から拳銃を持って付いて来る主・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・けれど、一目その娘を見た人は、みんなびっくりするような美しい器量でありましたから、中にはどうかしてその娘を見たいと思って、ろうそくを買いにきたものもありました。 おじいさんや、おばあさんは、「うちの娘は、内気で恥ずかしがりやだから、・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・たとえ、その光には、嚇々とした夏があり、楽しみの多き、また働き甲斐の多き、雄壮な人生が控えていたとはいえ。自分にとって最も、美しい幻の如く、若やかな、そして熱い血の胸に躍った、なやましい日のつゞいた、憧がれ心地に途をさ迷った、二十時代を送る・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・女房は銭占屋の使で町まで駿河半紙を買いに行ったし、私も話対手はなし、といってすることもないから、浜へでも行ってみようと思った。すると、私のその気勢に、今までじっと睡ったように身動きもしなかった銭占屋が、「君、どっかへ出るかね。」と頭を挙・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・男は色の黒い苦み走った、骨組の岩畳な二十七八の若者で、花色裏の盲縞の着物に、同じ盲縞の羽織の襟を洩れて、印譜散らしの渋い緞子の裏、一本筋の幅の詰まった紺博多の帯に鉄鎖を絡ませて、胡座を掻いた虚脛の溢み出るのを気にしては、着物の裾でくるみくる・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・それやったら、よけい教え甲斐がおますわ」 肺病を苦にして自殺をしようと思い、石油を飲んだところ、かえって病気が癒った、というような実話を例に出して、男はくどくどと石油の卓効に就いて喋った。「そんな話迷信やわ」 いきなり女が口をは・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・それで、新次が中耳炎になって一日じゅう泣いていた時など、浜子の眼から逃げ廻るようにしていた私は、氷を買いにやらされたのをいいことに、いつまでも境内の舞台に佇んでいた。すると提げていた氷が小さくなって縄から抜けて落ちた拍子に割れてしまった。驚・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫