歳晩のある暮方、自分は友人の批評家と二人で、所謂腰弁街道の、裸になった並樹の柳の下を、神田橋の方へ歩いていた。自分たちの左右には、昔、島崎藤村が「もっと頭をあげて歩け」と慷慨した、下級官吏らしい人々が、まだ漂っている黄昏の・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・の段階に比例して、下級のものから取り扱っていった。最低位に「継母」があり、「鬼女」「淫女」等がこれに次ぎ、「淑女」「貴婦人」「童女」「天女」等とさかのぼり、最高の段階に聖母が位した。そして種々の聖母像の中で、どの聖母が最も美しいかを定めよう・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・そして、彼が軍艦に乗り組んでそこでの生活を目撃しながら、その心眼に最もよく這入ったものは、士官若しくはそれ以上の人々の生活と、その愉快なことゝ、戦争の爽快さであって、下級の水兵の生活は、その関心外にあった。たゞ、僅かに水兵の石炭積みの苦痛が・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ ディオニシアスは、もとはずっと下級の役に使われていた人ですが、その持前の才能一つで、とうとう議政官の位地まで上ったのでした。この人のおかげでシラキュースは急にどんどんお金持になり、島中のほかの殖民地に比べて、一ばん勢力のある町になりま・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・もっと火急の問題であります。この次の御手紙では、かならず、その問題に触れてお答え下さい。きっと、お願い致します。 おゆるし下さい。御好意に狎れて、言いたい放題の事を言いました。きっと、あなたは烈火のようにお怒りでしょう。けれども私は、平・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・しかも火急の用事です。 教えていただきたい事があるのです。本当に、困っているのです。しかもこれは、私ひとりの問題でなく、他にもこれと似たような思いで悩んでいるひとがあるような気がしますから、私たちのために教えて下さい。横浜の工場にいた時・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ 昔の下級士族の家庭婦人は糸車を回し手機を織ることを少しも恥ずかしい賤業とは思わないで、つつましい誇りとしあるいはむしろ最大の楽しみとしていたものらしい。ピクニックよりもダンスよりも、婦人何々会で駆け回るよりもこのほうがはるかに身にしみ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・また一方下級の技術官たちの間では実に明白に有効重要と思われる積極的あるいは消極的方策があっても、その見やすい事が、取捨の全権を握っている上長官に透徹するまでにはしばしば容易ならぬ抵抗に打ち勝つことが必要である。ことにその間に庶務とか会計とか・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 彼は手を合せて頼んだ。 ――俺が、いつ、お前等に蹴込まれるような、悪いことをしたんだ――と彼の眼は訴えていた。 下級海員たちは、何か、背中の方に居るように感じた。又、彼等は一様に、何かに性急に追いまくられてるように感じた。・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・そして、明治維新という不具なブルジョア革命は、事実ヨーロッパにおけるように市民による革命ではなくて、下級武士とその領主たちが、一部にふるいものをひきずったままでの近代資本主義社会への移行であった。明治維新の誰でも知っているこういう特質は、「・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
出典:青空文庫