・・・洋行も口にはいいやすいが、いざこれを実行する段になると、多年住みふるした家屋の仕末をはじめ、日々手に触れた家具や、嗜読の書をも売払わなければならない。それらの事は友人にでも託すればよいという人もあろうが、一生還って来ないつもりで出掛けるのに・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・その感覚的なものをまた眼で見る色や形、耳で聴く音や響、鼻で嗅ぐ香、舌でしる味などに区別する。かくのごとく区別されたものを、まただんだんに細かく割って行く。分化作用が行われて、感覚が鋭敏になればなるほどこの区別は微精になって来ます。のみならず・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・日没後日出前なれば彼の家具を運び出しても差配は指を啣えて見物しておらねばならぬと云う事を承知している。それだから朝の三時頃から大八車を※って来て一晩寝ずにかかって自分の荷を新宅へ運んだのである。彼はすこぶる尨大なるシマリのない顔をしている。・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ ついでまた朋友親戚等より、某国産の銘葉を得て、わずかに一、二管を試みたる後には、以前のものはこれを吸うべからざるのみならず、かたわらにこれを薫ずる者あれば、その臭気を嗅ぐにも堪えず。もしも強いて自からこれを用いんとすれば、ただ苦痛不快・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・白地に文様のある紙で壁を張り、やはり白地に文様のある布で家具が包んである。木道具や窓の龕が茶色にくすんで見えるのに、幼穉な現代式が施してあるので、異様な感じがする。一方に白塗のピアノが据え附けてあって、その傍に Liberty の薄絹を張っ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 庭に小松の繁茂した小高い砂丘をとり入れた、いかにも別荘らしい、家具の少ない棲居も陽子には快適そうに思われた。いくら拭いても、砂が入って来て艶の出ないという白っぽい、かさっとした縁側の日向で透きとおる日光を浴びているうちに陽子は、暫らく・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ パリにいた或る日、父は私をつれてどこであったか裏町の骨董店歩きをして、私にいろんな家具のスタイルだとかを話してくれたことがありました。ある店で、柿右衛門を模倣した小さい白粉壺が見つかり、父が、しきりに外国で日本の作品が模倣されている面・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・ 湿気、火事の要心のため、洋風にし家具を全部背いくるように落付いた色調。足音のしない床。〔一九二六年九月〕 宮本百合子 「書斎の条件」
・・・壁は暗緑色の壁紙、天井壁の上部は純白、入口は小さくし、一歩其中に踏入ると、静かな光線や、落付いた家具の感じが、すっかり心を鎮め、大きく広い机の上の原稿紙が、自ら心を牽きつけ招くようにありたい。 壁に少し、愛する絵をかけ、ゆっくりと体をの・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ ――しかし、家具はもとのまんまです。 こっちの室も床は木だ。 ――スモーリヌイには、もっと広い、もっと立派な室がうんとあるんです。お姫さんの学校だったんだから。ところが、レーニンは、ここが好きだ。立派なところに坐ると窮屈だと笑・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫