・・・ 短かい陽炎がチロチロともえる香りのいい地面。 禰宜様宮田は、ジイッと瞳をせばめて、大きい果しない天地を想う。 そして、想えば想うほど、眺めれば眺めるほど、彼はあの碧い空の奥、この勢のいい地面の底に何か在りそうでたまらない心持に・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・その傍に、小さな小屋を立ててすんで居る鯉屋の裏には、鯉にやるさなぎのほしたのから、短かい陽炎が立ち、その周囲の湿地には、粗い苔が生えて、群れた蠅の子が、目にもとまらない程小さい体で、敏捷に彼方此方とび廻って居る。 △静かに、かなり念・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ 波面と、砂がまぼしくひかる上から、短かい、細かな「かげろう」がチラチラもえて居る。 向うの青々した山の裾まで、かるく、ゆれて、ホンノリとして見えるので、まるで初春の雲雀でも鳴いて居る時の様に思われる。 まだ三※日がすまないので・・・ 宮本百合子 「冬の海」
・・・母親も油井もいやで、がっかりして、風も身に沁みる、空の高さも、そこに飛び交う蜻蛉も身に沁みる。魂が空気の中にむきだしになっていた。 長い時間が経った。 みのえは、背後で荒っぽく草を歩みしだく跫音を聞いた。みのえは自分の場所からその方・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・ レークジョージの机の上で、かげろうが脱皮した。 五来素川氏の大観に出された「社会革命の将来と国民の覚悟」を読む。失望に近い程度に於て雑駁なものだ。なかに、 仏国の「瑠璃の浜辺」にある辟寒地で、二万人を入れるカジノの中に・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
・・・ 四 野末の陽炎の中から、種蓮華を叩く音が聞えて来る。若者と娘は宿場の方へ急いで行った。娘は若者の肩の荷物へ手をかけた。「持とう。」「何アに。」「重たかろうが。」 若者は黙っていかにも軽そうな容子・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫