・・・ 鞠子は霞む長橋の阿部川の橋の板を、あっちこっち、ちらちらと陽炎が遊んでいる。 時に蒼空に富士を見た。 若き娘に幸あれと、餅屋の前を通過ぎつつ、 ――若い衆、綺麗な娘さんだね、いい婿さんが持たせたいね―― ――ええ、餅屋・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・大友は月影に霞む流れの末を見つめていた。 それから二人は暫時く無言で歩いていると先へ行った川村の連中が、がやがやと騒ぎながら帰って来たので、一緒に連れ立って宿に帰った。其後三四日大友は滞留していたけれどお正には最早、彼の事に就いては一言・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ あるいはまたあたり一面にわかに薄暗くなりだして、瞬く間に物のあいろも見えなくなり、樺の木立ちも、降り積ッたままでまた日の眼に逢わぬ雪のように、白くおぼろに霞む――と小雨が忍びやかに、怪し気に、私語するようにバラバラと降ッて通ッた。樺の・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・見入る盾の模様は霞むかと疑われて程なく盾の面に黒き幕かかる。見れども見えず、聞けども聞えず、常闇の世に住む我を怪しみて「暗し、暗し」と云う。わが呼ぶ声のわれにすら聞かれぬ位幽かなり。「闇に烏を見ずと嘆かば、鳴かぬ声さえ聞かんと恋わめ、―・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・其の驟雨は、いつも彼方にのっしりと居坐ったプロスペクト山が、霞むような霧に姿を消す事を第一の先駆として居るのでございます。 此のプロスペクト山は、近傍で一番高い山であるのみならず、五十年程前に、何処かの金持が麓から電車を通して、頂上に壮・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫