・・・それから、葬儀式場の外の往来で、柩車の火葬場へ行くのを見送った。 その後は、ただ、頭がぼんやりして、眠いということよりほかに、何も考えられなかった。 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・僕はこの心もちの中に中産下層階級を感じている。今日でも中産下層階級の子弟は何か買いものをするたびにやはり一円持っているものの、一円をすっかり使うことに逡巡してはいないであろうか? 四二 虚栄心 ある冬に近い日の暮れ、・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・所がかれこれ午近くになると、今度は泰さんから電話がかかって来て、案の定今朝お島婆さんの所へ、家相を見て貰いに行ったと云うのです。「幸、お敏さんに会ったからね、僕の計画だけは手紙にして、そっとあの人の手に握らせて来たよ。返事は明日でなくっちゃ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・もし第一の種類に属する芸術家がそれを主張するようなことを仮想したら、あるいはそれは実感として私の頭に響くかもしれない。しかしながら広津氏の筆によって教えられることになると、私にはお座なりの概念論としてより響かなくなる。なぜならば、それは主張・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ 小一に仮装したのは、この山の麓に、井菊屋の畠の畑つくりの老僕と日頃懇意な、一人棲の堂守であった。大正十四年三月 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・その声の艶に媚かしいのを、神官は怪んだが、やがて三人とも仮装を脱いで、裸にして縷無き雪の膚を顕すのを見ると、いずれも、……血色うつくしき、肌理細かなる婦人である。「銭ではないよ、みんな裸になれば一反ずつ遣る。」 価を問われた時、杢若・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・……先達って、奥様がお好みのお催しで、お邸に園遊会の仮装がございました時、私がいたしました、あの、このこしらえが、余りよく似合ったと、皆様がそうおっしゃいましたものでございますから、つい、心得違いな事をはじめました。あの……後で、御前様が御・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・一度五月の節句に、催しの仮装の時、水髪の芸子島田に、青い新藁で、五尺の菖蒲の裳を曳いた姿を見たものがある、と聞く。……貴殿はいい月日の下に生れたな、と言わねばならぬように思う。あるいは一度新橋からお酌で出たのが、都合で、梅水にかわったともい・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・夫故、国会開設が約束せられて政治休息期に入っていた当時、文学に対する世間の興味は俄に沸湧して、矢野とか末広とか柴とかいう政治界の名士が続々文学に投じて来たが、丁度仮装会の興に浮れて躍り狂っていたようなもので、文人其者の社会的価値を認めたから・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・貴族や富豪に虐げられる下層階級者に同情していても権力階級の存在は社会組織上止むを得ざるものと見做し、渠らに味方しないまでも呪咀するほどに憎まなかった。 二葉亭はヘルチェンやバクーニンを初め近世社会主義の思想史にほぼ通じていた。就中ヘルチ・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
出典:青空文庫