・・・「歯車」「西方の人」「河童」等の作品によく現れて居る。且つ彼はそのエッセイにも、ニイチェの標題をそのままイミテートして「文芸的な、あまりに文芸的な」と書いた。特に「歯車」と「西方の人」の中には、ニイチェが非常に著るしく現れて居り、死を直前に・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 蕪村の句の理想と思しきものを挙ぐれば河童の恋する宿や夏の月湖へ富士を戻すや五月雨名月や兎のわたる諏訪の湖指南車を胡地に引き去る霞かな滝口に燈を呼ぶ声や春の雨白梅や墨芳ばしき鴻臚館宗鑑に葛水たまふ大臣かな・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・一郎は急いでごはんをしまうと、椀をこちこち洗って、それから台所の釘にかけてある油合羽を着て、下駄はもってはだしで嘉助をさそいに行きました。 嘉助はまだ起きたばかりで、「いまごはんをたべて行ぐがら。」と言いましたので、一郎はしばらくう・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・そして僕は遠くから風力計の椀がまるで眼にも見えない位速くまわっているのを見、又あの支那人の博士が黄いろなレーンコートを着子供の助手が黒い合羽を着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげているのを見た。さあ僕はもう笛のように鳴りいなずまのよう・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・けれども仲々大人なんかにはたちの悪いのもあるからね、なんだ、大循環だ、かっぱめ、ばかにしやがるな。どけ。なんてわざと空っぽな大きな声を出すものもあるんだ。いいえどかれません、じゃ法令の通りボックシングをやりましょうとなるだろう、勝つことも負・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・おら河童捕りしたもや。河童捕り。」藤原健太郎だ。黒の制服を着て雑嚢をさげ、ひどくはしゃいで笑っている。どうしていまごろあんな崖の上などに顔を出したのだ。「先生。下りで行ぐべがな。先生。よし、下りで行ぐぞ。」〔うん。大丈夫。大丈夫だ。・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・それでもむりやりそっちを見ますと、ひとりのおかっぱの子供が、ぽかんと陳の前に立っていました。 陳はもう丸薬を一つぶつまんで、口のそばへ持って行きながら、水薬とコップを出して、「さあ、呑むよろしい。これながいきの薬ある。さあ呑むよろし・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・ 母は、私のおかっぱの頭越しにやはり字を見、「――変な形に出来たこと」と独言した。「さあ、今度は百合ちゃんの番。書いて御覧。下手でもいいのよ」 私は、体じゅう俄に熱くなり、途方に暮れながら、被布の房を揺すって坐りなおした。筆・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・ほんの何年か経ったあとには、すべての女学生はおかっぱとさえなったが、一般がそうなればその女学校の先生たちも決して驚いたり、叱ったりはしない。つまり自分として一定の見識があるわけでないから、「その時の事情」に盲従するばかりであった。私の場合は・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・ 長椅子の隅に丸まって少女雑誌を読んでいた晴子が、顔を擡げおかっぱの髪を頬から払いのけながら、意を迎えるように口を挾んだ。「そうなのさ」 母は益々不機嫌に、「だから始っから、父様さえちゃんとしてとりかえさせておしまいになれば・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
出典:青空文庫