・・・私は機を逸せず、からからと高笑いした。「まあ、おひとが悪いのねえ。」少女は、酒でほんのり赤らんでいる頬をいっそう赤らめた。「私も馬鹿だわねえ。ひとめ見て、すぐ判らなけれあ、いけない筈なのに。でも、お写真より、ずっと若くて、お綺麗なんだも・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・と高らかに誦し了って、からからと笑いながら、室の中なる女を顧みる。 竹籠に熱き光りを避けて、微かにともすランプを隔てて、右手に違い棚、前は緑り深き庭に向えるが女である。「画家ならば絵にもしましょ。女ならば絹を枠に張って、縫いにとりま・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・セージと云うは鳥の名だに、人間のセージとは珍らしいなと演説者はからからと笑う。村夫子はなるほど猫も杓子も同じ人間じゃのにことさらに哲人などと異名をつけるのは、あれは鳥じゃと渾名すると同じようなものだのう。人間はやはり当り前の人間で善かりそう・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・と男は乱るる髪を広き額に払って、わざとながらからからと笑う。高き室の静かなる中に、常ならず快からぬ響が伝わる。笑えるははたとやめて「この帳の風なきに動くそうな」と室の入口まで歩を移してことさらに厚き幕を揺り動かして見る。あやしき響は収まって・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 船の男は怪訝な顔をして、しばらく自分を見ていたが、やがて、「なぜ」と問い返した。「落ちて行く日を追かけるようだから」 船の男はからからと笑った。そうして向うの方へ行ってしまった。「西へ行く日の、果は東か。それは本真か。・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ おつきさんおつきさん まんまるまるるるん おほしさんおほしさん ぴかりぴりるるん かしわはかんかの かんからからららん ふくろはのろづき おっほほほほほほん。」 かしわの木は両手をあげてそりかえったり、頭や足を・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・ 七 現代文学は、もうしなびてしまった私小説のからから、どのように新しい成長をとげるかという共通のもがきをもっている。中間小説の作家が、その作品を希望しているような社会的な内容をもつ小説としてゆくためには、・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・使者 それから、申すも楽しいのは、今朝一人の幼児が、母の懐に抱かれながら太陽を仰見て、からからと笑いました。傍にいた男女や年寄も、同じ方を見上げてほほえみました。イオイナ おお、嬉しいことの二つ。――私の胸がすがすがしく、白衣の囲り・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 屋根にトタン板を並べた鋳鉄工作所から黒い汚水と馬糞が一緒くたに流れ出して歩道の凹みにたまっている。 内部は何があるのか解らぬ古コンクリート塀がある。 からからした夏の太陽ばかりがこれらゆがんで小さい人間のいろんな試みの上に高く・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
壱 小倉の冬は冬という程の事はない。西北の海から長門の一角を掠めて、寒い風が吹いて来て、蜜柑の木の枯葉を庭の砂の上に吹き落して、からからと音をさせて、庭のあちこちへ吹き遣って、暫くおもちゃにしていて、と・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫