・・・八十歳の婆とか、五歳の娘とか、それは問題になりませんが、女盛りの年頃で、しかもなかなかの美人でありながら、ちっとも私に窮屈な思いをさせず、私もからりとした非常に楽な気持で対坐している事が出来る、そんな女のひとも、たまにはあるのです。あれはい・・・ 太宰治 「嘘」
・・・空もからりと晴れていたし、私たちはぶらぶら歩いて途中のけしきを見ながら山を下りるから、と自動車をことわり、一丁ほど歩いて、ふと振りむくと、宿の老妻が、ずっとうしろを走って追いかけて来ていた。「おい、おばさんが来たよ。」嘉七は不安であった・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・拳銃からりと投げ出して二人で笑え。止したら、なんでも無いことだ。ささやかなトラブルの思い出として残るだけのことだ。誰にも知られずにすむのだ。私は二人を愛している。おんなじように愛している。可愛い。怪我しては、いけない。やめて欲しい、とも思う・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・と私は、その頃、山岸さんにからりとした気持で言った事がある。いまは、心の底から、山岸さんに私の不明を謝したい気持であった。思いをあらたにして、山岸さんと握手したい気持だった。 私には詩がわからぬ、とは言っても、私だって真実の文章を捜して・・・ 太宰治 「散華」
・・・感謝である、とその日から四、五日間は、胸の内もからりとしていたのであるが、また、いけなかった。つい先日、私は、またもや、悪魔! と呼ばれた。一生、私につきまとう思想であろうか。 私の小説には、女の読者が絶無であったのだが、ことしの九月以・・・ 太宰治 「誰」
・・・ホップ、ステップ、エンド、ジャンプなんて飛び方でなくて、ほんのワンステップで、からりと春になってしまうのねえ。あんなに深く積っていた雪も、あっと思うまもなく消えてしまって、ほんとうに不思議で、おそろしいくらいだったわ。あたしは、もう十年も津・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ 手の札、からりと投げ捨てて、笑えよ。三十日。 雨の降る日は、天気が悪い。三十一日。ナポレオンの欲していたものは、全世界ではなかった。タンポポ一輪の信頼を欲していただけであった。金魚も、ただ飼い放ち在・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
夏休みが終って残暑の幾日かが続いた後、一日二日強い雨でも降って、そしてからりと晴れたような朝、清冽な空気が鼻腔から頭へ滲み入ると同時に「秋」の心像が一度に意識の地平線上に湧き上がる。その地平線の一方には上野竹の台のあの見窄・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・地方の中学にからりに好い口があって世話しようとした先輩があったが、田舎は厭だからと素気なく断ってしまった。何故田舎が厭だと人が聞くと、田舎は厭じゃないが田舎の「先生」になってしまうのが厭だからといった。それで相変らず金を取らなくちゃ困るとい・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・そうしてからりと晴れた時、日はまだ西の山の上に休んで閉塞し困憊せる地上の総てを笑って居た。文造が畑に来た時いつも遠くから見えた番小屋の屋根はなかった。小屋は焼けて居た。四本の柱は焦げた儘地に立って居た。其他は灰になって湿って居た。家族のもの・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫