・・・頭に戴ける金冠の、美しき髪を滑りてか、からりと馬の鼻を掠めて砕くるばかりに石の上に落つる。 槍の穂先に冠をかけて、窓近く差し出したる時、ランスロットとギニヴィアの視線がはたと行き合う。「忌まわしき冠よ」と女は受けとりながらいう。「さらば・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・と鉄の栓張をからりと外す。切り岸の様な額の上に、赤黒き髪の斜めにかかる下から、鋭どく光る二つの眼が遠慮なく部屋の中へ進んで来る。「わしじゃ」とシワルドが、進めぬ先から腰懸の上にどさと尻を卸す。「今日の晩食に顔色が悪う見えたから見舞に来た・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・海浜ホテルの前あたりには大分人影があるが、川から此方はからりとしていた。陽炎で広い浜辺が短くゆれている……。川ふちを、一匹黒い犬が嗅ぎ嗅ぎやって来た。防波堤の下に並んで日向ぼっこをしながら、篤介がその犬に向って口笛を吹いた。犬は耳を立て此方・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・御弁当を持たず、家が近所の人は帰るので、教室から出て来たばかりの時は、まだまだ運動場はからりとしている。小さい女の子はお手玉をとりとり大きな声で謡をつけ、大きい女の子は、廊下の気持よい隅や段々の傍で、喋り笑い、ちょいと巫山戯て、追いかけっこ・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・伸びるためには頭の上がからりとしていなくてはならない。 若い婦人が真の勉強をするためには女子だけの専門学校では駄目である。共学が誠意をもって実行されなくてはならない。安倍能成氏は文部大臣となって女子に全国の専門学校、大学を開放し得るであ・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・何でも松平さんの持地だそうであったが、こちらの方は、からりとした枯草が冬日に照らされて、梅がちらほら咲いている廃園の風情が通りすがりにも一寸そこへ入って陽の匂う草の上に坐って見たい気持をおこさせた。 杉林や空地はどれも路の右側を占めてい・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・ 菊見せんべいの手前に、こまごまと軒を並べている小商人の店と店との庇あわいの一つの露路をはいってゆくと、その裏は案外からりと開いていて、二間、三間ぐらいの一軒だてがいくつかあった。その右のはずれの一軒が、おゆきばあやの住居だった。 ・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ *大空は からりと 透きとおり風がそよぎ薔薇は咲き匂う今はよい 五月だ。されど、又来る冬を思うと私の心は、悲しくなる子供に、夕方が来るように。あの 寒さ憐れな木の家の中で 凍・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・弥五兵衛は槍をからりと棄てて、座敷の方へ引こうとした。「卑怯じゃ。引くな」又七郎が叫んだ。「いや逃げはせぬ。腹を切るのじゃ」言いすてて座敷にはいった。 その刹那に「おじ様、お相手」と叫んで、前髪の七之丞が電光のごとくに飛んで出て・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・すると弟の目の色がからりと変わって、晴れやかに、さもうれしそうになりました。わたくしはなんでもひと思いにしなくてはと思ってひざを撞くようにしてからだを前へ乗り出しました。弟は突いていた右の手を放して、今まで喉を押えていた手のひじを床に突いて・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫