・・・これ変ったと云えば大に変り、変らんと云えば大に変らん所じゃないか。だから先きへばかり眼を向けるのが抑の迷い。偶には足許も見ては何うか。すると「いや、此儘で幸福だ」というような事がありはせんか、と、まア思うんだな。 私は何も仏を信じてる訳・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・あの広野を女神達が歩いていて、手足の疲れる代りには、尊い草を摘み取って来るのだが、それが何だか我身に近付いて来るように思われる。あの女神達は素足で野の花の香を踏んで行く朝風に目を覚し、野の蜜蜂と明るい熱い空気とに身の周囲を取り巻かれているの・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・の語をやめて代りに「火桶」の形容詞など置くべく、結句は「火桶すわりをる」のごとき句法を用うるか、または「○○すわりをる」「すわり○○をる」のごとく結びて「哉」を除くべし。かつふれて巌の角に怒りたるおとなひすごき山の滝つせ こ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・車屋に沿うて曲って、美術床屋に沿うて曲ると、菓子屋、おもちゃ屋、八百屋、鰻屋、古道具屋、皆変りはない。去年穴のあいた机をこしらえさせた下手な指物師の店もある。例の爺さんは今しも削りあげた木を老眼にあてて覚束ない見ようをして居る。 やっち・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ 霧の粒はだんだん小さく小さくなって、いまはもう、うすい乳いろのけむりに変わり、草や木の水を吸いあげる音は、あっちにもこっちにも忙しく聞こえだしました。さすがの歩哨もとうとうねむさにふらっとします。 二疋の蟻の子供らが、手をひいて、・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・その代り少し砂がはいっていたそうですが、それはどうも仕方なかったことでしょう。 さてそれから森もすっかりみんなの友だちでした。そして毎年、冬のはじめにはきっと粟餅を貰いました。 しかしその粟餅も、時節がら、ずいぶん小さくなったが、こ・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・ 作家が社会化し、大人になるということは単に踏む土と聞く音が変り、異常事の只中に在るというだけでは尽されない。その重大な文学的実験を、林氏は自身のルポルタージュで告白しているのである。 将来日本の文学に、ルポルタージュが増大して来る・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・アメリカの漫画によくあるように男が女からかけられたエプロンをかけて、女の代りに子供のオムツも洗ってやる、と誇ることだろうか。 一時のこと、特別な場合として勿論そういうことも起るのは生活の自然だけれども、男女の協力ということは、決して、今・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・その代りひどく気分がようなった。茶漬でも食べて、そろそろ東光院へ往かずばなるまい。お母あさまにも申し上げてくれ」 武士はいざというときには飽食はしない。しかしまた空腹で大切なことに取りかかることもない。長十郎は実際ちょっと寝ようと思った・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・それは不断から機嫌の変わり易い宇平が、病後に際立って精神の変調を呈して来たことである。 宇平は常はおとなしい性である。それにどこか世馴れぬぼんやりした所があるので、九郎右衛門は若殿と綽号を附けていた。しかしこの若者は柔い草葉の風に靡くよ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫