・・・唯もう少し簡潔であれば、…… 或孝行者 彼は彼の母に孝行した、勿論愛撫や接吻が未亡人だった彼の母を性的に慰めるのを承知しながら。 或悪魔主義者 彼は悪魔主義の詩人だった。が、勿論実生活の上では安全地帯・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・当惑した野獣のようで、同時に何所か奸譎い大きな眼が太い眉の下でぎろぎろと光っていた。それが仁右衛門だった。彼れは与十の妻を見ると一寸ほほえましい気分になって、「おっかあ、火種べあったらちょっぴり分けてくれずに」といった。与十の妻は犬・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ところがその後になって聞いてみると、その小説が載ってから完結になる迄に前後十九通、「あれでは困る、新聞が減る、どうか引き下げてくれ」という交渉が来たということである。これは巌谷さんの所へ言って来たのであるが、先生は、泉も始めて書くのにそれで・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・それでもマダ完結とならないので以下は順次に巻数を追うことにした。もし初めからアレだけ巻数を重ねる予定があったなら、一輯五冊と正確に定めて十輯十一輯と輯の順番を追って行くはずで、九輯の上だの下だの、更に下の上だの下の下だのと小面倒な細工をしな・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
二葉亭四迷の全集が完結してその追悼会が故人の友人に由て開かれたについて、全集編纂者の一人としてその遺編を整理した我らは今更に感慨の念に堪えない。二葉亭が一生自ら「文人に非ず」と称したについてはその内容の意味は種々あろうが、要するに、「・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・六章二十節以下二十六節まで、馬太伝のそれよりも更らに簡潔にして一層来世的である。隠れたるものにして顕われざるは無しとの強き教訓。十二章二節より五節まで、明白に来世的である。キリストの再臨に関する警告二つ。同十二章三十五節以下四十八節・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・私は志賀直哉の新しさも、その禀質も、小説の気品を美術品の如く観賞し得る高さにまで引きあげた努力も、口語文で成し得る簡潔な文章の一つの見本として、素人にも文章勉強の便宜を与えた文才も、大いに認める。この点では志賀直哉の功を認めるに吝かではない・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・死ということは甚だ重要だから、何か書いて残したい気持はよく判るし、せめてそれによってやがて迫る鉛のような死の沈黙の底を覗く寂しさを、まぎらわしたいという気持も判るのだが、しかし、私は「重要なことは最も簡潔に描くべし」という一種の技巧論を信じ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・何をそんなに苦労するかというと、僕は今まで簡潔に書く工夫ばかししていたので一回三枚という分量には困らぬはずだったのに、どうしても一回四枚ほしい。十行を一行に縮める今までの工夫が、こんどは一行を十行に書く努力に変って来たのだ。僕は今までの十行・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・ 古今の大傑作を考えると、自作を語る気にもなれないが、もう一つ言うと、僕はちかごろ何を書いても、完結しないのだ。「世相」という小説は九十何枚かで一応結んだが、あの小説はあれから何拾枚もかきつづけられる作品だった。ダイスのマダムの妹を・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
出典:青空文庫