・・・うなずいて、もうすでに私は、白紙還元である。家へ帰って、「だめだよ。薬が効かないのだ。ゆるしてやろうよ。あいつには、罪がなかったんだぜ。芸術家は、もともと弱い者の味方だったはずなんだ」私は、途中で考えてきたことをそのまま言ってみた。「弱・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・而して人間の娯楽にはすこしく風流の趣向、または高尚の工夫なくんば、かの下等動物などの、もの食いて喉を鳴らすの図とさも似たる浅ましき風情と相成果申すべく、すなわち各人その好む所に従い、或いは詩歌管絃、或いは囲碁挿花、謡曲舞踏などさまざまの趣向・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・そのおかげで、何かの機会に蠅以外の媒介によって、多量のばいきんを取り込んだときでも、それにたえられるだけの資格がそなわっているのかもしれない。換言すれば、蠅はわれわれの五体をワクチン製造所として奉職する技師技手の亜類であるかもしれないのであ・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・ところでは、この映画の最もすぐれた長所であり、そうして容易にまねのできそうもないと思われる美点は、全巻を通じて流れている美しい時間的律動とその調節の上に現われたこの監督の鋭敏な肌理の細かい感覚である。換言すれば映画芸術の要素としての律動的要・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・てはそうしたかんばしくないものを、もう一ぺんひっくりかえして裏から見たときに、その背面から浮かび出して来る高次元に真なるもの純なるものの高次元の美しさおもしろさを認識することができるというのであろう。換言すれば、月並みな陳套な正札付きの真実・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・たとえば熔融石英のフィルムの面に還元された銀を、そのまま石英に焼き付けてしまうような方法がありはしないかという気がする。とにかく、なんらかの方法でこの保存ができたとして、そうして数十世紀後のわれらの子孫が今のわれわれの幽霊の行列をながめるで・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ 本当の科学を修めるのみならずその研究に従事しようというものの忘るべからざる事は、このような雷同心の芟除にある。換言すれば勉めて旋毛を曲げてかかる事である。如何なる人が何と云っても自分の腑に落ちるまでは決して鵜呑みにしないという事である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・しかし実際の探偵小説がそれほどに必然的な実証の連鎖を示しているかというと、そうではなくて、たいていの場合には、巧みにそうらしく見せているだけで、実は大きな穴だらけのものがはなはだ多い。換言すれば、実験は実験でも、ごまかしの実験である場合がは・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・人間の人間的活動をそれだけ多くしたという事である。換言するとそれだけ多く「生きた」ということである。 こう考えて来るとわれわれの「寿命」すなわち「生きる期間」の長短を測る単位はわれわれの身体の固有振動週期だということになる。 そこで・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ 始めに管絃の演奏があった。「春鶯囀」という大曲の一部だという「入破」、次が「胡飲酒」、三番目が朗詠の一つだという「新豊」、第四が漢の高祖の作だという「武徳楽」であった。 始めての私にはこれらの曲や旋律の和声がみんなほとんど同じもの・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫