・・・世には、我が子が、病気の時にも、自から看護をせず、看護婦や、家政婦の如き、人手を頼んでこれに委して、平気でいるものがないではない。その方が手がとゞくからという考えが伏在するからです。金というものがいかばかり人間の魂を堕落に導いたか知れない。・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・そこへはばかるような小さい跫音がして、取り次ぎの女中兼看護婦が入ってきて、「患者がみえましたが。」と、告げました。「だれだ? 初診のものか。」と、院長は、目を光らしました。「はい、はじめての方で、よほどお悪いようなのでございます・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・ロンパンがなくなったと気がついて、派出看護婦が近くの医者まで貰いに走っている間、一代は下腹をかきむしるような手つきをしながら、唇を突き出し、ポロポロ涙を流して、のた打ち廻るのだ。世の中にこんな苦痛があったのかと、寺田もともにポロポロ涙を流し・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ 担架は調子好く揺れて行く。それがまた寝せ付られるようで快い。今眼が覚めたかと思うと、また生体を失う。繃帯をしてから傷の痛も止んで、何とも云えぬ愉快に節々も緩むよう。「止まれ、卸せ! 看護手交代! 用意! 担え!」 号令を掛けたのは・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・父の妹の息子で陸軍の看護長をしているという従弟とは十七八年ぶりで会った。九十二だというが血色といい肉づきといい、どこにも老衰の兆しの見えないような親戚の老人は、父の子供の時分からのお師匠さんでもあった。分家の長兄もいつか運転手の服装を改めて・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ああ仕方がない、もうこの上は何でも欲しがるものを皆やりましょう、そして心残りの無いよう看護してやりましょうと思いました。 此の時分から彼は今まで食べていた毎日の食物に飽きたと言い、バターもいや、さしみや肉類もほうれん草も厭、何か変った物・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・光と熱と歓語で充たされた列車。 激しい車輪の響きが彼の身体に戦慄を伝えた。それははじめ荒々しく彼をやっつけたが、遂には得体の知れない感情を呼び起こした。涙が流れ出た。 響きは遂に消えてしまった。そのままの普段着で両親の家へ、急行に乗・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・吉田はいくら一日の看護に疲れても寝るときが来ればいつでもすやすやと寝ていく母親がいかにも楽しそうにもまた薄情にも見え、しかし結局これが己の今やらなければならないことなんだと思い諦めてまたその努力を続けてゆくほかなかった。 そんなある晩の・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ お俊はなかなか気をつけて看護してくれました。藤吉からは何の消息もありません。私は藤吉のことを思いますと、ああ悪いことをしたと、つくづくわが身の罪を思うのでございますが、さればとてお俊を諭して藤吉の後を逐わすことをいたすほどの決心は出ま・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・およそ青年学生時代に恋を語り合うとき、その歓語の半分くらいは愛人教育にならないような青年はたのもしくなく、その恋は低いものといわなくてはならぬ。幾度もいうように、精神的向上の情熱と織りまじった恋愛こそ青年学生のものでなければならぬのだ。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫