・・・彼女たちはジャン・クリストフの感性から働きかけるだけの存在であった。アンネットにおいてはロマン・ロランは男と同様な人間であり、人間の男が男であるとおりに、人間の女が女である女らしさをうち出そうとした。社会関係に対して動的な女性、単に習俗にし・・・ 宮本百合子 「彼女たち・そしてわたしたち」
・・・ほどに感じられるそれを自己の感性の鋭さと意識されている観念である。この観念と並立していて、私という人物がこれまで中途半端にしか生活もせず考えもせずに暮して来たという自嘲自責で身をよじっているとき、内心その姿に手をかけてなぐさめてとなり、合理・・・ 宮本百合子 「観念性と抒情性」
・・・せり上って来る熊谷次郎の髪も菊の花でできた鐙も馬もいちように小刻みに震動しながら、陰気な軋みにつれて舞台に姿を現して来るのだった。閑静な林町の杉林のある通りへ菊人形の楽隊の音は、幾日もつづけて、実際あるよりも面白いことがありそうにきこえて来・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ 音楽は文学よりもおくれて入っているから理論的・感性的蓄積が未だ決して豊富でない。それに音楽というもの、音の不断の刺戟というものが人間の頭脳に生理学の上からどう影響するものか、非常に研究されるべき神経学、心理学のテーマがあるとも思われま・・・ 宮本百合子 「期待と切望」
・・・けれども、先日の演奏会をきいたり、観たりして、本当の意味での音楽への愛、感性を一人一人の若い心の中に目ざめさせ、それを生活の味い深めるものとするのに、ああいう集団効果を、どっちかというとこけおどし風に強調した方法が、果して役立つかどうかと疑・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
・・・広々した畑、関西風な村を抜けて自動車が青島へ向い駛るにつれ、私は段々愉快で堪らなくなって来た。別府、臼杵、経て来た町にないおおどかさが日向という国には満ちている。日向と書く文字に偽りなく、ここは明るい。平明に、こだわりなく天と地とがぽーっと・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・いかにも関東の古寺らしく、大まかに寂び廃れた趣きよし。関西の古寺とは違う。雰囲気が。 小僧夕方のお勤め。木魚の音。やがて背のかがんだ年よりの男が別な小僧をつれて出て来、一方の大きい浅草観音のと同じ扉をギーとしめ、こっちに来て賽銭箱をあけ・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・ 体の小柄な、黒い顔のテカテカした年より大変老けて見える父親は、素末な紺がすりに角帯をしめて、関西の小商人らしい抜け目がないながら、どっか横柄な様な態度で、主婦の事を、 お家はん、お家はん。と云って、話して居た。 此・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・六十八歳で歿したゴーリキイが晩年においては、最も概念的であるべき論説においてさえ、ますます具体性と輝やかしい感性とをもった文章を書き、世界の文化に尽したという全く対蹠的な一事実を、心理学者は何と分析するであろうか。私はそのような心理学者の出・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・というところを読んだものは、歴史家である著者がこの大芸術家の識見を正しくつたえつつ、自身の芸術に対する良識と感性によって、おのずから今日の芸術が、特に今一度とりあげて考え直さねばならない芸術上の諸課題にも触れているのを痛感するであろう。例え・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
出典:青空文庫