・・・日本のいく久しい封建社会の歴史にもたらされて、日本の知性は、強靭な知的探求力とその理づめな権威力をもつより、いつも感性的である。その日本の感性的な知性が西欧のルネッサンスおよびそれ以後の人間開花の美に驚異したのが「白樺」の基調であった。・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ 歓声をあげ、俥を追って駈けて来る。揉まれながら俥はどんどん進み、一緒に走ってゆく男の幅広い下駄で踵を打つ音が耳立って淋しく聞えた。 野蛮な声の爆発が鎮ると、都おどりのある間だけ点される提灯の赤い色が夜気に冴える感じであった。・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・十七の女中と、閑静な昼食をたべた。――今頃、Yはどの辺だろう。汽車の中は今日のような天気では蒸すだろう。Yは神経質故、昨夜よく眠れなかった由……「Yさん、きっと眠がって居らっしゃるよ今頃――」 読みかけて居た本など、いきなりバタリと・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・ 作家の感性のことについて。感性のことはやはり究極は見かたの問題だし、人を動かす作品の力がただ写実では足りなく、ロマンチックな要素がいるというAさんの見解もロマンチックというだけではずっているし、時間があったら一寸した作家としての経験を・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・南画会が小室翠雲と関西派との衝突で解散した由。残暑をお大切に。本当にお大切に。 九月十一日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より〕 九月十一日 第十一信 きょうはひどく風が吹くので暑さが乾いて吹きとばされて居りますね。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・私は目下温泉保養の決心をして、やすくて閑静なところを調査中です。栄さんとゆくために。私が書いている評伝の後に興味ある文化年表をつけます。そちらの方を受持っていてくれるので、共通の仕事もあるから。三週間位の予定です。多分信州の上林へゆきます。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 工場の交代時間、託児所からあふれる子供の歓声と母親の笑いごえをきけ。ソヴェトの子と母である。(一九二八年から一九三三年にわたるソヴェト産業拡張五ヵ年計画は、プロレタリアート文化向上資金として三億五千万ルーブリを予定している。こ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・子供たちは大人の心やりのために、彼等の喚声と動きとの明暮をもっているのではないのだから。 宮本百合子 「子供の世界」
・・・ 用事があって千駄ケ谷の方へ出かけたら、一つの閑静な通りの二ヵ所に、同じ種類の立札があった。けれども、ここの町内のは小さく三角形の頂きをもったものではなくて、四分板へいきなり名誉戦死者の軍人としての階級も大書して、それを門傍の塀へ、塀い・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・近代日本が、政治経済に於て官製であったと同じように文化も官製の性質を持っており、明治中葉以後のインテリゲンツィアに依って作られた文学は、主として官製なるものに、或は過去の儒的なものに対して、自覚された人間性の自由と自我の尊厳とを主張したもの・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
出典:青空文庫