・・・ 大体日本文学は、その歴史の発端から、風流を文学の芸術性の骨子として、社会生活から或る程度離脱した位置に自身をおいた知性と感性との表現としての伝統をもって来た。日本文学は主情的な文学の特質をもっていたといわれている。その原因には少くとも・・・ 宮本百合子 「生活においての統一」
・・・少なからぬ人にとって、それは当面したさけ難い困難・必要として全力を傾けて克服したのだが、その経験は感性的に経験されたにとどまったであろう。感性的経験は時間に洗いながされる。それだからこそ、勇士と生れついていないすべてのおとなしい平凡な人々さ・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・雑草が茂っている石段に腰かけると、そこは夏でも涼しくて、砂利をしいた正門前の広庭を蜥蜴が走ってゆくのや、樫の大木の幹や梢が深々と緑に輝く様が、閑静な空気のなかに見わたせた。遠くの運動場の方からは長い昼休みのさわぎが微にきこえて来る。私はそこ・・・ 宮本百合子 「青春」
この秋文展と殆ど同時に関西美術展というのが開催された。 病気からすっかり丈夫にならないので、明治大正美術展も見られなかったし、このときも行かれず、残念に思った。新聞に代表的な作品の写真がのったなかに、上村松園の作品があ・・・ 宮本百合子 「「青眉抄」について」
・・・日本の近代精神において、ヒューマニズムがいわれる場合、ほとんど常に、それが感性的な面のみの跳梁に終るという現象は、それ自体日本の近代精神の非近代性を語っていると思います。日本の精神は市民社会を知らず、自分一個の存在の社会的脊骨を自身のうちに・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・同時に、きょうの社会現象のあれこれが、未亡人の官製全国組織に、かつて軍時貯蓄勧誘に尽力した某女史が再登場しているということまでふくめて、細密に観察され評価されてゆくことも、必要である。そして、双方ともにそれぞれの意義をもっている二つの研究に・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・若々しさが、直接に、その若い感性にとっては一つの漠然たる苦悩として感じられている顔つきであった。 この表情は、これほど真率に、凝集して現れているのを見たことは稀だとしても、今日の日本の青年たちの毎日のうちに、一度二度は必ず顔面を掠めて通・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・子供の中から起る歓声。「可哀そうねえ。「そんなにひどい事なの。「それでそんなに色が黒くなってしまったの。此等の断片的な言葉が、低く三人の中からゴチャゴチャに出る。旅 ええ、ええ。 そいからもっと貴方がたがびっくり・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
・・・が事務所に出勤し、一寸芝居でも見に出かけるには如何にも都合よい下町の家があったのだけれども、子供の為に、生理的、精神的に危険が多いから、自分達は着物一組ずつを儉約して、部屋代の高価な山の手の公園近くの閑静な場所に移る。玩具は、誕生日、名づけ・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 東北の生れで孤子だそうで二十二でおととし関西の女学校を出たと云った。 女はうす赤い沢山の髪をおっかぶさる様に結んで鼻は馬鹿馬鹿しくうすくてツーンとした変な感じのする顔を持って居た。 でもそんなに不器量じゃあない。 紋八二重・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
出典:青空文庫