・・・鉄工場に働いたり、あるいは酸素打鋲器をあつかっている労働者、製菓会社のチョコレート乾燥場などの絶え間ない鼓膜が痛むような騒音と闘って働いている男女、独特な聴神経疲労を感じている電話交換手などにとって、ある音楽音はどういう反応をひき起すか、ど・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・近所の教会の連中と見え、子供がたかって意味も知らずに声を張りあげ無味乾燥な太鼓に追いまくられるようにしながら、 みィな救くゥわるゥ――と歩いている。留置場の横通りのところで暫くわざとのように太鼓をうっていたが次第に遠のき、今度はや・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・特に西空はたっぷり夕陽の名残が輝いて、ひらいた地平線の彼方に乾草小屋のような一つの家屋の屋根と、断れ断れな重い雲の縁とを照し出していた。櫟の金茶色の並木は暖い反射を燦かしたが、下の小さい流れの水はもう眠く薄らつめたく鈍った。野末の彼方此方か・・・ 宮本百合子 「白い翼」
・・・「この書を通読してまず感歎することは、宇宙の創造から一九三三年までの世界の歴史をかかる小冊子に記述しながら、決して無味乾燥な材料の羅列に終らせることなく、これを極めて興味ふかい物語に編みあげ、しかも、その中に烈々たる文化的精神を織りこん・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・風車・乾草・小川は秋空をうつして流れている。農婦は赤い水汲桶を左右にかついで小川に向って来る。画中の女、戦の勝敗を知らず。 書簡註。この頃シベリアは郵便物が通れず通信すべてアメリカ経由でされている。このハガキは東京へ八・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・奈良などの建物が古びたのは、あの乾燥した日光と熱とに照りつけられ徐に軽いさらさらした塵と化すといった風の古びかただ。長崎のは湿っぽい。先ず黝ずみ、やがては泥に成るというように感じられる。重い。そして、沈鬱だ。 昨夜深更まで碁を打って・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・外囲いは都会の様に気は用いない、茶黄色い荒壁のままで落ちた処へ乾草のまるめたのを「つめ込んで」なんかある。 こんな家に二階建のはまれで皆平屋である。家の前には広場の様な処が有って、野生の草花が咲いたり、家禽などが群れて居る。 この村・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・引つづいて読者はひどく精密であるが全く無味乾燥なユロ男爵家の系図の中を引きまわされるのであるが、普通の読者は、その数千字を終り迄辛棒して結局は、最初の行にあった四字「ユロ男爵」だけを全体との進行の関係で記憶にとどめるような結果になる。 ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・救いようなく空気は乾燥していた。そして、西日は実に眩しかった。 それは、ひろ子が四年間暮した目白の家の二階であった。二階はその一室しかなくて、ひろ子は、片手にタオルを握ったなり、乾いた空気に喘ぐような思いで仕事をした。 その座敷のそ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 場内が明るくなって、間奏楽の響いているとき参吉は、「変な工合に現代の空気を反映してるみたいな作品だな」と云った。 丁度燈火管制の晩であった。二人は市電の或る終点で降りて、一斉に街燈が消され、月光に家並を照らし出されている通・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫