・・・東に向けて臥床設けし、枕頭なる皿のなかに、蜜柑と熟したる葡萄と装りたり。枕をば高くしつ。病める人は頭埋めて、小やかにぞ臥したりける。 思いしよりなお瘠せたり。頬のあたり太く細りぬ。真白うて玉なす顔、両の瞼に血の色染めて、うつくしさ、気高・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ やがて博士は、特等室にただ一人、膝も胸も、しどけない、けろんとした狂女に、何と……手に剃刀を持たせながら、臥床に跪いて、その胸に額を埋めて、ひしと縋って、潸然として泣きながら、微笑みながら、身も世も忘れて愚に返ったように、だらしなく、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ と二人で差向で話をしておりまする内に、お喜代、お美津でありましょう、二人して夜具をいそいそと持運び、小宮山のと並べて、臥床を設けたのでありますが、客の前と気を着けましたか、使ってるものには立派過ぎた夜具、敷蒲団、畳んだまま裾へふっかり・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・二時となり三時となっても話は綿々として尽きないで、余り遅くなるからと臥床に横になって、蒲団の中に潜ずり込んでしまってもなおこのまま眠てしまうのが惜しそうであった。「寝よう乎」と寝返りしては復た暫らくして、「どうも寝られない」と向き直ってポツ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・絶えず何かの義務を自分に課していなければ気のすまぬ彼は、無為徒食の臥床生活がたまらなく情けなかった。母親の愛情だけで支えられて生きているのは、何か生の義務に反くと思うのだった。妓に裏切られた時に完膚なきまでに傷ついた自尊心の悩みに駆りたてら・・・ 織田作之助 「雨」
・・・彼は柔かな雨の音に聞き入った。長いこと、蒲団や掻巻にくるまって曲んでいた彼の年老いた身体が、復た延び延びして来た。寝心地の好い時だ。手も、足も、だるかった。彼は臥床の上へ投出した足を更に投出したかった。土の中に籠っていた虫と同じように、彼の・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・「謹賀新年。」「献春。」「あけましておめでとう。」「賀正。」「頌春献寿。」「献春。」「冠省。ただいま原稿拝受。何かのお間違いでございましょう。当社ではおたのみした記憶これ無く、不取敢、別封にて御返送、お受取願い上ます。『英雄文学』編輯部、R・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・およそ二十枚くらい画いて来たのだが、仙之助氏には、その中でもこの小さい雪景色の画だけが、ちょっと気にいっていたので、他の二十枚程の画は、すぐに画商に手渡しても、その一枚だけは手許に残して、アトリエの壁に掛けて置いた。勝治は平気でそれを持ち出・・・ 太宰治 「花火」
・・・気色あしくなり、終日、臥床。 月 日。 苦悩を売物にするな、と知人よりの書簡あり。 月 日。 工合いわるし。血痰しきり。ふるさとへ告げやれども、信じて呉れない様子である。 庭の隅、桃の花が咲いた。 月 日・・・ 太宰治 「悶悶日記」
・・・ 唄合戦の揚句に激昂した恋敵の相手に刺された青年パーロの瀕死の臥床で「生命の息を吹込む」巫女の挙動も実に珍しい見物である。はじめには負傷者の床の上で一枚の獣皮を頭から被って俯伏しになっているが、やがてぶるぶると大きくふるえ出す、やがてむ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
出典:青空文庫