・・・俺は膝頭をがたがた慄わしながら、『やっぱし苦しいと見えて、また出やがったよ』と、泣笑いしたい気持で呟くのだ。僕は僕の亡霊が、僕の虐待に堪えかねては、時々本体から脱けでるものと信じていたんだからね」「そうですかねえ。そんなこともあるもので・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ごろごろがたがた絶え間がない。九時十時となると、蝉が往来から見える高い梢で鳴きだす、だんだん暑くなる。砂埃が馬の蹄、車の轍に煽られて虚空に舞い上がる。蝿の群が往来を横ぎって家から家、馬から馬へ飛んであるく。 それでも十二時のどんがかすか・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 店の障子が風に吹かれてがたがたすると思うとパラパラと雨を吹きつける音が微かにした。『もう店の戸を引き寄せて置きな、』と主人は怒鳴って、舌打ちをして、『また降って来やあがった。』と独言のようにつぶやいた。なるほど風が大分強く・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・看護卒は、たゞ忙しそうに、忙しいのが癪に障るらしく、ふくれッ面をして無慈悲にがたがたやっていた。昨日まで同じ兵卒だったのが、急に、さながら少尉にでもなったように威張っていた。「誰れも俺等のためなんど思って呉れる者は一人も有りゃしないんだ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・丁度そこへ町の方からがたがたどうどうと音をさせて列車が這入って来る処である。また岸の処には鉄の鎖に繋がれて大きな鉄の船が掛かっている。この船は自分の腹を開けて、ここへ歌いながら叫びながら入り込んで来る人を入れてやって、それを黒い鉄の膝の上に・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ 或人は、電車で神田神保町のとおりを走っているところへ、がたがたと来て、電車はどかんととまる、びっくりしてとび下りると同時に、片がわの雑貨店の洋館がずしんと目のまえにたおれる、そちこちで、はりさけるような女のさけび声がする、それから先は・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ がたがたと箱を揺ぶる。やがてもったいらしく身構えをして、「はい、写しますよ」とこちらを見詰める。「あら、目を閉ってるものがあるものか。……さ、写りますよ。……ただ今。はいありがとう」と手に持った厚紙の蓋を鑵詰へ被せると、箱の中・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ などと言いまして、がたがた震えている事もあり、眠ってからも、うわごとを言うやら、呻くやら、そうして翌る朝は、魂の抜けた人みたいにぼんやりして、そのうちにふっといなくなり、それっきりまた三晩も四晩も帰らず、古くからの夫の知合いの出版のほ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・私は、たちまちがたがた震える。火事を見ると、どうしたわけか、こんなに全身がたがた震えるのが、私の幼少のころからの悪癖である。歯の根も合わぬ、というのは、まさしく的確の実感であった。 とんと肩をたたかれた。振りむくと、うしろに、幸吉兄妹が・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・慶祝の意を表わしたもので、参会の諸員退出の時にこれを奏すと説明書にあったが、そのためか、奏楽中にがたがた席を立つ人が続々出て来た。 近頃にない舒びやかな心持になって門を出たら、長閑な小春の日影がもうかなり西に傾いていた。 ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫