・・・そうだとすると、がたがたの穴のあいた入れ歯で事を足しておくのも、かえって造化の妙用に逆らわないゆえんであるかもしれないのである。下手な片手落ちの若返り法などを試みて造化に反抗するとどこかに思わぬ無理ができて、ぽきりと生命の屋台骨が折れるよう・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・一同は遂にがたがた寒さに顫出す程、長評定を凝した結果、止むを得ないから、見付出した一方口を硫黄でえぶし、田崎は家にある鉄砲を準備し、父は大弓に矢をつがい、喜助は天秤棒、鳶の清五郎は鳶口、折から、少く後れて、例年の雪掻きにと、植木屋の安が来た・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 余と安倍君とは先生に導びかれて、敷物も何も足に触れない素裸のままの高い階子段を薄暗がりにがたがた云わせながら上って、階上の右手にある書斎に入った。そうして先生の今まで腰をおろして窓から頭だけを出していた一番光に近い椅子に余は坐った。そ・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・ここにはまたその頃のがたがたするような小さいスピネットもある。この箪笥はわたしが貴方に頂いた御文を貴方の下すった品物と一しょに入れて置いた処でございます。わたしのためには御文も品物も優しい唇で物をいってくれました。何日やら蒸暑い日の夕方に、・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 冬中いつも唇が青ざめて、がたがたふるえていた阿部時夫などが、今日はまるでいきいきした顔いろになってにかにかにかにか笑っています。ほんとうに阿部時夫なら、冬の間からだが悪かったのではなくて、シャツを一枚しかもっていなかったのです。それに・・・ 宮沢賢治 「イーハトーボ農学校の春」
・・・オツベルは云ってしまってから、にわかにがたがた顫え出す。ところが象はけろりとして「居てもいいよ。」と答えたもんだ。「そうか。それではそうしよう。そういうことにしようじゃないか。」オツベルが顔をくしゃくしゃにして、まっ赤になって悦びな・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・年をとりますと彼方此方ががたがたになりましてね。本当にまあ!」 彼女は、丁寧に辞宜をした。「有難うございます」 そして、下げた頭をそのまま後じさりに扉をしめ、がちゃりと把手を元に戻して立ち去った。 部屋は再び静になった。・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・マルクス=エンゲルスの論理的な文章と日本語の構成的集約的でない言語の性格との間から、がたがたしたところができていたのだろう。 こんど新しくマルクス=レーニン主義研究所からもっとも信頼できる人々の手でマルクス=エンゲルス選集が出版されるこ・・・ 宮本百合子 「生きている古典」
・・・ がたがた馬車が、跳ね返る小馬に牽かれて駆けて往く。車台の上では二人の男、おかしなふうに身体を揺られている。そして車の中の一人の女はしかと両側を握って身体の揺れるのを防いでいる。 ゴーデルヴィルの市場は人畜入り乱れて大雑踏をきわめて・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・それを庭に卸して穿く。がたがたいう音を聞き附けて婆あさんが出て来た。「お外套は。」「すぐ帰るからいらん。」 石田は鍛冶町を西へ真直に鳥町まで出た。そこに此間名刺を置いて歩いたとき見て置いた鳥屋がある。そこで牝鶏を一羽買って、伏籠・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫