・・・侍女 ええ、錠の鍵は、がっちりささっておりましたけれど、赤錆に錆切りまして、圧しますと開きました。くされて落ちたのでございます。塀の外に、散歩らしいのが一人立っていたのでございます。その男が、烏の嘴から落しました奥様のその指環を、掌に載・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・自分さえがっちりしてれあ、なんでもないんだ。人を殺すもよし、ものを盗むもよし、ただ少しおおがかりな犯罪ほどよいのですよ。大丈夫。見つかるものか。時効のかかったころ、堂々と名乗り出るのさ。あなた、もてますよ。けれどもこれは、飛行機の三日間にく・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・その代り責任はがっちり肩の上にかかっている。 十一月一日晴。 チタを寝ている間に通過した。一時間時計が進んだ。 〇時五分すぎ。 小さい木橋の上で列車が止った。 窓へ顔をくっつけて左手を見ると、そっちに停車場らしいもの・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ ロシアにもクルイロフというがっちりした爺さんがいて、エソープの焼直しものをうんと書いた。今でもレーニングラードの冬宮裏の公園へ行くと、濃い菩提樹のしげみのかげに、クルイロフの銅像が立っている。 だが、どうして、いわゆるおとぎ話、必・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・私たちが見なれているカール・マルクスの写真は、がっちりとした精気あふれる顔のぐるりを房飾りのようなすき間ない鬚で囲われた風貌である。この写真のカールは、見なれたそれらの写真の顔よりもまだずっと若い。広い額が内面の充実した重さでいくらか傾き、・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・学生の生活というものは、働いている人々の生活と、かけ離れたものであると、いままではおもわれておりましたが、いまでは、働いている人の生活問題と、学生の生活問題とは、がっちり結びついています。また、家庭の主婦の生活、台所の食糧の問題は、直接外で・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・ がっちりした肩を突き合わせた彼等の密集は底強い圧力を感じさせた。執拗な抗議を感じさせた。彼等が闘いとった権力をもう二度とツァーに返すものかという決意が、まざまざ読みとれ、彼等はやはり言葉すくなに、携帯品預所でめいめいの手荷物をうけとり・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・は母性と私有財産制のみっともない結びつきを革命的に截断し、がっちり社会主義社会連帯の間に母性を組みなおした。職業組合に属さぬ勤労婦人はない。生れて、彼を社会成員として受けいれる組織をもたぬ赤坊はない。 これだけのことを知って、みなさん、・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・社会的生活と芸術とががっちり歩調を合わせて、進もうとしているわけだな。 ――だからね、例えば一九三〇年の春は愉快な美しい光景があったよ。春だ。キラキラ日が照りだして雪がとけはじめた。モスクワを中心とする黒土地方一帯、ヴォルガ地方、シベリ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ひろ子は自分が美術家であったら、この、独特な、がっちりと動的に出来上った人物をどういう手法であらわすだろうと思った。一番ふさわしいのは、永年かかって、漆で塗りかためた乾漆であると思えた。顔全体が赧みがかった茶色で、眦を黒々と、白眼を冴えて鼻・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫