・・・「それがややしばらく続いた後、和尚は朱骨の中啓を挙げて、女の言葉を遮りながら、まずこの子を捨てた訳を話して聞かすように促しました。すると女は不相変畳へ眼を落したまま、こう云う話を始めたそうです――「ちょうど今から五年以前、女の夫は浅・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・だれにも聞かすことはなりません」 夫人は決然たるものありき。「何も痲酔剤を嗅いだからって、譫言を謂うという、極まったこともなさそうじゃの」「いいえ、このくらい思っていれば、きっと謂いますに違いありません」「そんな、また、無理・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ところが、遠雷の音でも聞かすか、暗転にならなければ、舞台に馴れた女優だけに幕が切れない。紫玉は、しかし、目前鯉魚の神異を見た、怪しき僧の暗示と讖言を信じたのであるから、今にも一片の雲は法衣の袖のように白山の眉に飜るであろうと信じて、しばしを・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 伯父は少しも意に介せず、「これ、一生のうちにただ一度いおうと思って、今までおまえにもだれにもほのめかしたこともないが、ついでだから謂って聞かす。いいか、亡くなったおまえのお母さんはな」 母という名を聞くやいなや女はにわかに聞き・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・渠等が幅を利かすは本屋や遊里や一つ仲間の遊民に対する場合だけであって、社会的には袋物屋さん下駄屋さん差配さんたるより外仕方が無かったのである。 斯ういう生活に能く熟している渠等文人は、小説や院本は戯作というような下らぬもので無いという事・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 吉田の母親はそれを見つけて硝子障子のところへ出て行きながら、そんな独り言のような吉田に聞かすようなことを言うのだったが、癇癪を起こすのに慣れ続けた吉田は、「勝手にしろ」というような気持でわざと黙り続けているのだった。しかし吉田がそう思・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ところが又先方は甘いことを話して聞かすんです。やれ自然がどうだの、石狩川は洋々とした流れだの、見渡すかぎり森又た森だの、堪ったもんじゃアない! 僕は全然まいッちまいました。そこで僕は色々と聞きあつめたことを総合して如此ふうな想像を描いていた・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「明日は癒えん、ここに来たれ、物語して聞かすべし」しいてうちえみ、紀州を枕辺に坐らせて、といきつくづくいろいろの物語して聞かしぬ。そなたは鱶ちょう恐ろしき魚見しことなからんなど七ツ八ツの児に語るがごとし。ややありて。「母親恋しくは思・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・老先生は静かに起ちあがりさま『お前そんな生意気なことを言うものでない、益になるところとならぬところが少年の頭でわかると思うか、今夜宅へおいで、いろいろ話して聞かすから』と言い捨てて孫娘と共に山を下りてしまった。 僕が高慢な老人をへこまし・・・ 国木田独歩 「初恋」
・・・そうかと思うと、また今の時節には少しどうかと心配されるような非戦論を滔々と述べ聞かすのであった。 同じ思想が、支那服を着ていてそうして栄養不良の漢学者に手を引かれてよぼよぼ出て来たのではどうしても理解が出来なかったのに、それが背広にオー・・・ 寺田寅彦 「変った話」
出典:青空文庫