・・・世間に出るに及んで、生活の規矩を政治、経済に求むるが、むしろ当然だからです。 さらば、何故に児童文学が振わず、不純なるものすら等閑に付せられるか。そこに真実の批評なく、また与論なきがためです。たゞ、正純にして、多感的なる、人生の少年時代・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・従って一定の規矩を以て、その生長を制限することは、極めて愚しい事である。殊に才能の点に於て特殊的なる文学方面は、それが一層甚だしいといわねばならない。 たゞ然し、最も妥当なる順序は、われ/\の現在生息しつゝある現代の文学書に親しみ、次第・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・と男は手酌でグッと一つ干して、「時に、聞くのを忘れてたが、お光さんはそれで、今はどこにいるの、家は?」「私?」女はちょっと言い渋ったが、「今いるとこはやっぱり深川なの」「深川は分ってるが、町は?」「町は清住町、永代のじき傍さ」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「金さんだなんて、お前なぞがそんな生意気な口を利くものじゃない!」「へい」 お光は新造に向って、「どうしましょう、ここへ通しましょうか?」「ここじゃあんまり取り散らかしてあるから、下の座敷がいいじゃねえか」「じゃ、とにか・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・く圧え付けられて苦しんだがそれもやがて何事もなく終ったのだ、がこの二晩の出来事で私も頗る怯気がついたので、その翌晩からは、遂に座敷を変えて寝たが、その後は別に何のこともなかった、何でもその後近所の噂に聞くと、前に住んでいたのが、陸軍の主計官・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・ 大勢の見物もみんな顔色を失って、誰一人口を利く者がないのです。 爺さんは泣きながら、手や足や胴中を集めて、それを箱の中へ収いました。そして、最後に、子供の頭をその中へ入れました。それから、見物の方を向くと、こう言いました。「こ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・などを聴くのだった。そして煙草を吸うと、冷え冷えとした空気が煙といっしょに、口のなかにはいって行った。それがなぜともなしに物悲しかった。 織田作之助 「秋の暈」
・・・肺病に石油がよう効くということは、今日び誰でも知ってることでんがな」「初耳ですね」「さよか。それやったら、よけい教え甲斐がおますわ」 肺病を苦にして自殺をしようと思い、石油を飲んだところ、かえって病気が癒った、というような実話を・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ その時、母はいいわけするのもあほらしいという顔だったが、一つにはいいわけする口を利く力もないくらい衰弱しきっていて、私に乳を飲ませるのもおぼつかなく、びっくりした産婆が私の口を乳房から引き離した時は、もう母の顔は蝋の色になっていて歯の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・どこにどれがあるのか、何を拝んだら、何に効くのか、われわれにはわからない。 しかし、彼女たちは知っている。彼女たち――すなわち、此の界隈で働く女たち、丸髷の仲居、パアマネント・ウエーヴをした職業婦人、もっさりした洋髪の娼妓、こっぽりをは・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫