・・・漱石は「二葉亭露西亜で結核になる。帰国の承諾を得た所経過宜しからず入院の由を聞く。気の毒千万也。大阪朝日十万円で社を新築すと素川よりきく。妻が寅彦の所へ餞別をもつて行く。シャツ、ヅボン下、鰻の罐詰、茶、海苔等なり。電話にて春陽堂へ『文学論評・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・御殿へ出て、はじめてクリスチナの身分がわかり、結婚をする気でいた野心家の貴族との張り合い、その他所謂映画らしい、いきさつがあって、クリスチナが到頭退位してそのスペインの男が帰国する船へかけつけると、当の対手は敵役に決闘をしかけられ既に瀕死。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・私の友達はすでに帰国の準備をはじめ本を買い集めたり、予約出版の引つぎをたのむひとをさがしたりしているのであったが、私の心持にはそれが逆に影響して、益々モスクワの生活に引きつけられた。 だんだん眼の色が凝って燃えだすような視線で私が向いの・・・ 宮本百合子 「坂」
・・・千鶴子はその時、失敗して帰国した兄の知人の家で家事の手伝いをしていた。そこの老夫婦と面白くないこともあるらしい。「何か職業を見つけて一人で暮したいと思います。到底あの人たちと調和して行くことは出来ないのですから。それに結婚問題もあります・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・その手紙の終りには、父がその打撃に雄々しく耐えようとしているとおり、百合子も悲しみに耐えようとしているのは結構であるし、このことのために帰国しようとしないのももっともだと思うと、書かれていた。 私は可愛い一人の弟がそういう風に生れ合せた・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・しかし三年たってP牧師が休暇帰国して来たときには、快活な牧師夫人を伴っていた。やがて、時が経つうちに、次々と新しく若い女教師も来るようになり、C女史は小さなとある胡同の家に移った。「そこで彼女は一匹の小犬を飼い、幾株かの花を植え」「春の日は・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ 十月二十四日 親たち帰国、 十月八日 おきると雨雨ね、おとうさま――ああ。だまっているんだ。また問題がおこるから。十時の汽車に父母のせトロカデロまでかえって Hotel へ行ったら・・・ 宮本百合子 「「道標」創作メモ」
・・・ 一、Aの帰国 Aの田舎 一、困乱、安積A、田舎へ再びゆく。 一、家さがし、 一、別居生活、不なれな生活から来るヒステリー 一、作、Aの仕事、衝突、淋しい暮、祖母、 一、引越し。そのための不快。Aの父上京、Aの・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(一)」
・・・しかし仲平の父は、三十八のとき江戸へ修行に出て、中一年おいて、四十のとき帰国してから、だんだん飫肥藩で任用せられるようになったので、今では田畑の大部分を小作人に作らせることにしている。 仲平は二男である。兄文治が九つ、自分が六つのとき、・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・疏水の両側の角刈にされた枳殻の厚い垣には、黄色な実が成ってその実をもぎ取る手に棘が刺さった。枳殻のまばらな裾から帆をあげた舟の出入する運河の河口が見えたりした。そしてその方向から朝日が昇って来ては帆を染めると、喇叭のひびきが聞えて来た。私は・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫