・・・「倭将は鬼神よりも強いと云うことじゃ。もしそちに打てるものなら、まず倭将の首を断ってくれい。」 倭将の一人――小西行長はずっと平壌の大同館に妓生桂月香を寵愛していた。桂月香は八千の妓生のうちにも並ぶもののない麗人である。が、国を憂う・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・昔は煙客翁がいくら苦心をしても、この図を再び看ることは、鬼神が悪むのかと思うくらい、ことごとく失敗に終りました。が、今は王氏の焦慮も待たず、自然とこの図が我々の前へ、蜃楼のように現れたのです。これこそ実際天縁が、熟したと言う外はありません。・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・御承知かも知れませんが、日錚和尚と云う人は、もと深川の左官だったのが、十九の年に足場から落ちて、一時正気を失った後、急に菩提心を起したとか云う、でんぼう肌の畸人だったのです。「それから和尚はこの捨児に、勇之助と云う名をつけて、わが子のよ・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・これを強いて一纏めに命名すると、一を観音力、他を鬼神力とでも呼ぼうか、共に人間はこれに対して到底不可抗力のものである。 鬼神力が具体的に吾人の前に現顕する時は、三つ目小僧ともなり、大入道ともなり、一本脚傘の化物ともなる。世にいわゆる妖怪・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ が、鬼神の瞳に引寄せられて、社の境内なる足許に、切立の石段は、疾くその舷に昇る梯子かとばかり、遠近の法規が乱れて、赤沼の三郎が、角の室という八畳の縁近に、鬢の房りした束髪と、薄手な年増の円髷と、男の貸広袖を着た棒縞さえ、靄を分けて、は・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・「奇人だ。」「いや、……崖下のあの谷には、魔窟があると言う。……その種々の意味で。……何しろ十年ばかり前には、暴風雨に崖くずれがあって、大分、人が死んだ処だから。」―― と或友だちは私に言った。 炎暑、極熱のための疲労に・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 魔は――鬼神は――あると見える。 附言。 今年、四月八日、灌仏会に、お向うの遠藤さんと、家内と一所に、麹町六丁目、擬宝珠屋根に桃の影さす、真宝寺の花御堂に詣でた。寺内に閻魔堂がある。遠藤さんが扉を覗いて、袖で拝んで、「・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・で、薄の裾には、蟋蟀が鳴くばかり、幼児の目には鬼神のお松だ。 ぎょっとしたろう、首をすくめて、泣出しそうに、べそを掻いた。 その時姉が、並んで来たのを、衝と前へ出ると、ぴったりと妹をうしろに囲うと、筒袖だが、袖を開いて、小腕で庇って・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・それ故に椿岳の生涯は普通の画人伝や畸人伝よりはヨリ以上の興味に富んで、過渡期の畸形的文化の特徴が椿岳に由て極端に人格化された如き感がある。言換えれば椿岳は実にこの不思議な時代を象徴する不思議なハイブリッドの一人であって、その一生はあたかも江・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・実業界に徳望高い某子爵は素七 小林城三 椿岳は晩年には世間離れした奇人で名を売ったが、若い時には相当に世間的野心があってただの町人では満足しなかった。油会所時代に水戸の支藩の廃家の株を買って小林城三と改名し、水戸家に金千両を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫