・・・ 記者去年帰省して旧友の小学校教員に会う、この日記は彼の手に秘蔵されいたるなり。馬島に哀れなる少女あり大河の死後四月にして児を生む、これ大河が片身、少女はお露なりとぞ。 猶お友の語るところに依れば、お露は美人ならねどもその眼に人を動・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 外所は豆腐屋の売声高く夕暮近い往来の気勢。とてもこの様子ではと自分は急に起て帰ろうとすると、母は柔和い声で、「最早お帰りかえ。まア可いじゃアないか。そんなら又お来でよ」と軍曹の前を作ろった。 外へ出たが直ぐ帰えることも出来ず、・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・背の高い骨格の逞ましい老人は凝然と眺めて、折り折り眼をしばだたいていたが、何時しか先きの気勢にも似ずさも力なさそうに細川繁を振向いて「オイ貴公この道具を宅まで運こんでおくれ、乃公は帰るから」 言い捨てて去って了った。校長の細川は取残・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・だろうと衆人から噂されていた娘であるが、果してその通りで、年の行く毎に益々美しく成る、十七の春も空しく過ぎて十八の夏の末、東京ならば学校の新学期の初まるも遠くはないという時分のこと、法学士大津定二郎が帰省した。 富岡先生の何々塾から出て・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ 間もなく冬期休課になり、僕は帰省の途について故郷近く車で来ると、小さな坂がある、その麓で車を下り手荷物を車夫に托し、自分はステッキ一本で坂を登りかけると、僕の五六間さきを歩く少年がある、身に古ぼけたトンビを着て、手に古ぼけた手提カバン・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・その他の諸菩薩ないし人師もしくは不了義経を依拠とせる既成の八宗、十宗はことごとく邪宗である。 既成の諸宗の誤謬は仏陀の方便の権教を、真実教と間違えたところにある。仏陀の真実教は法華経のほかには無い。仏陀出世の本懐は法華経を説くにあった。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・父は彼の岩本入蔵中にみまかったのでその墓参をかねての帰省であった。「日蓮此の法門の故に怨まれて死せんこと決定也。今一度故郷へ下つて親しき人々をも見ばやと思ひ、文永元年十月三日に安房国へ下つて三十余日也。」 折しも母は大病であったのを・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 先日思いがけなくT君が帰省して、いろいろ東京の様子や、最近の文学の傾向や人々の動静をきくことができた。 その時、プロレタリア文学のことに話が及ぶと、T君は、いまどきプロレタリア文学などといったら、馬鹿か、気ちがいだと思われるよと笑・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・ 約十年間郷里を離れていて、一昨年帰省してからも、やはり私の心を奪うものは、人間と人間との関係である。郷里以外の地で見聞きし、接触した人と人との関係や性格よりも、郷里で見るそれの方が、私には、より深い、細かい陰影までが会得されるような気・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・ そこへ行くと、無産政党の演説会は、たいていどの演説会でも、既成政党を攻撃はするが、その外、自分の党は何をするか、を必ず説く。そこは、徹頭徹尾、攻撃に終始する既成政党の演説会に比して、よほど整い、つじつまが会っている。 しかし、演説・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
出典:青空文庫