・・・大量生産の機運に促されて、廉価な叢書の出版計画がそこにも競うように起こって来たかと思いながら、日本橋手前のある地方銀行の支店へと急いだ。郷里の山地のほうにいる太郎あてに送金するには、その支店から為替を組んでもらうのが、いちばん簡単でもあり、・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・毎年、富士の山仕舞いの日に木花咲耶姫へお礼のために、家々の門口に、丈余の高さに薪を積み上げ、それに火を点じて、おのおの負けず劣らず火焔の猛烈を競うのだそうであるが、私は、未だ一度も見ていない。ことしは見れると思って来たのだが、この豪雨のため・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・山の僧支那より伝来せしめたりとは定説に近く、また足利氏の初世、京都に於いて佐々木道誉等、大小の侯伯を集めて茶の会を開きし事は伝記にも見えたる所なれども、これらは奇物名品をつらね、珍味佳肴を供し、華美相競うていたずらに奢侈の風を誇りしに過ぎざ・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・ こうした趣向の新しさを競う結果は時にいろいろな無理を生じる。たとえば大地震で大混乱を生じている同じ町の警察のあたりでは何事もなかったらしいようなおかしい現象を生じている。 それでも事件の展開が簡単でなくて、一つの山から次の山へと移・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・美しさを競うて飾り立てた店先を軒ごとに覗き込んでいた。竹村君はこうして店先を覗くのが一つの楽しみである。ことに懐に金のある時にそうである。陰気な根津辺に燻ぶっていて、時たま此処らの明るい町の明るい店先へ立つと全く別世界へ出たような心持になっ・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・一人のサイクリストがあった、ところがこの不意撃に驚いて車をかわす暇もなくもろくも余の傍で転がり落ちた、後で聞けば、四ツ角を曲る時にはベルを鳴すか片手をあげるか一通りの挨拶をするのが礼だそうだが、落天の奇想を好む余はさような月並主義を採らない・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ この事情のもとに成れる左の長篇は、講演として速記の体裁を具うるにも関わらず、実は講演者たる余が特に余が社のために新に起草したる論文と見て差支なかろうと思う。これより朝日新聞社員として、筆を執って読者に見えんとする余が入社の辞に次いで、・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・先生が此論を起草せられたる由来は、序文にも記したる如く一朝一夕の思い付きに非ず、恰も先天の思想より発したるものなれども、昨年に至り遽に筆を執て世に公にすることに決したるは自から謂われなきに非ず。親しく先生の物語られたる次第を記さんに、先生は・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・明国の顰に傚い、一切万事寛大を主として、この敵方の人物を擯斥せざるのみか、一時の奇貨も永日の正貨に変化し、旧幕府の旧風を脱して新政府の新貴顕と為り、愉快に世を渡りて、かつて怪しむ者なきこそ古来未曾有の奇相なれ。 我輩はこの一段に至りて、・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・をのべる」ことが決定された。第二回のロンドン大会に出席したマルクスは、共産主義者同盟の名によって「共産党宣言」を起草することを頼まれた。一八四八年の一月末、歴史的な「宣言」はドイツ語で書かれロンドンから発表された。「プロレタリアはその鎖のほ・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
出典:青空文庫