・・・ 庸才 庸才の作品は大作にもせよ、必ず窓のない部屋に似ている。人生の展望は少しも利かない。 機智 機智とは三段論法を欠いた思想であり、彼等の所謂「思想」とは思想を欠いた三段論法である。 又・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・が、必ずしもその笑いは機智に富んだ彼の答を了解したためばかりでもないようである。この疑問は彼の自尊心に多少の不快を感じさせた。けれども父を笑わせたのはとにかく大手柄には違いない。かつまた家中を陽気にしたのもそれ自身甚だ愉快である。保吉はたち・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・絢爛の才能とか、あふれる機智、ゆたかな学殖、直截の描写力とか、いまは普通に言われて、文学を知らぬ人たちからも、安易に信頼されているようでありますが、私は、そんな事よりも、あなたの作品にいよいよ深まる人間の悲しさだけを、一すじに尊敬してまいり・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ただ野暮ったくもったい振り、何の芸も機智も勇気も無く、図々しく厚かましく、へんにガアガア騒々しいものとばかり独断していたのである。空襲の時にも私は、窓をひらいて首をつき出し、隣家のラジオの、一機はどうして一機はどうしたとかいう報告を聞きとっ・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・器用、奇智にあこがれるのである。野暮な人は、野暮のままの句を作るべきだ。その時には、器用、奇智などの輩のとても及ばぬ立派な句が出来るものだ。 湖の水まさりけり五月雨 去来の傑作である。このように真面目に、おっとりと作ると実にいい・・・ 太宰治 「天狗」
・・・かつて何人も実験せずまた将来も実現する事のありそうもない抽象的な条件の下に行なわるべき現象の推移を、既知の方則から推定し、それからさらに他の方則に到達するような筋道は、あるいは小説以上に架空的なものとも言われぬ事はない。ただ小説の場合には方・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・ つまり各部門においては現在既知の知識の終点を究め、同時に未来の進路に対して適当の指針を与え得るものが先ず理想的の権威と称すべきものではあるまいか。 現在既知の科学的知識を少しの遺漏もなく知悉するという事が実際に言葉通りに可能である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・と云ってこの鳥の捕獲を誡めた野中兼山の機智の話を想い出す。 公園の御桜山に大きな槙の樹があってその実を拾いに行ったこともあった。緑色の楕円形をした食えない部分があってその頭にこれと同じくらいの大きさで美しい紅色をした甘い団塊が附着してい・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・ 先ず従来の既知方則の普遍なる事を仮定せば、すべての主要条件が与えらるれば結果は定まると考えらる。しかしながら実際の自然現象を予報せんとする場合に、この現象を定むべき主要条件を遺漏なく分析する事は必ずしも容易ならず。故に各種原因の重要の・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・どんな瑣末な科学的知識でも、その背後には必ずいろいろな既知の方則が普遍的な背景として控えており、またその上に数限りもない未知の問題の胚芽が必ず含まれているのである。それで一見いわゆるはなはだしく末梢的な知識の煩瑣な解説でも、その書き方とまた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫