・・・実際同じ会場に懸かっている大小さまざまな画の中で、この一枚に拮抗し得るほど力強い画は、どこにも見出す事が出来なかったのである。「大へんに感心していますね。」 こう云う言と共に肩を叩かれた私は、あたかも何かが心から振い落されたような気・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・ 袖さえ軽い羽かと思う、蝶に憑かれたようになって、垣の破目をするりと抜けると、出た処の狭い路は、飛々の草鞋のあと、まばらの馬の沓の形を、そのまま印して、乱れた亀甲形に白く乾いた。それにも、人の往来の疎なのが知れて、隈なき日当りが寂寞して・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 柳のもとには、二つ三つ用心水の、石で亀甲に囲った水溜の池がある。が、涸れて、寂しく、雲も星も宿らないで、一面に散込んだ柳の葉に、山谷の落葉を誘って、塚を築いたように見える。とすれば月が覗く。……覗くと、光がちらちらとさすので、水がある・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・何といっても日本の最高学府たる帝国大学に対しては民間私学は顔色なき中に優に大学と拮抗して覇を立つるに足るは実業における三田と文学における早稲田とで、この早稲田の文学をしてシカク威力あらしめたるは一に坪内君の功労である。文部大臣が三君の中先ず・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・ 山椒昆布を煮る香いで、思い切り上等の昆布を五分四角ぐらいの大きさに細切りして山椒の実と一緒に鍋にいれ、亀甲万の濃口醤油をふんだんに使って、松炭のとろ火でとろとろ二昼夜煮つめると、戎橋の「おぐらや」で売っている山椒昆布と同じ位のうまさに・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 池の表面の氷結した上に適度の降雪があった時に、その面に亀甲形の模様ができる、これには、一方では弾性的不安定の問題、また対流の問題なども含まれているようであるが、この亀甲模様の亀甲形の中心にできる小さな穴から四方に放射して、「ひとで」形・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・当時池之端数寄屋町の芸者は新柳二橋の妓と頡頏して其品致を下さなかった。さればこの時代に在って上野の風景を記述した詩文雑著のたぐいにして数寄屋町の妓院に説き及ばないものは殆無い。清親の風景板画に雪中の池を描いて之に妓を配合せしめたのも蓋偶然で・・・ 永井荷風 「上野」
・・・結局双方の智力たがいに相頡頏するに非ざれば、その交際の権利もまた頡頏すべからざるなり。交際の難きものというべし。而してその難きとは、何事に比すれば難く、何物に比すれば易きや。今の日本の有様にては、これを至難にして比すべきものなしといわざるを・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・徳論者の言を聞き、論者が特にこの大切なる一点をば軽々看過してあたかも不問に附する者多きを見て窃かに怪しむのみか、その無識を冷笑するほどの次第なれば、大いに婦人の地位を推してこれを高処に進め、以て男子に拮抗せしめんとするの考案なきにあらず。徹・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・太平洋に面した海岸の巖石が、地質の関係で、亀甲形や菊皿のような形に一面並んでいる、先に南洋の檳榔樹、蘭科植物などが繁茂した小島が在る。その巖の特殊な現象と、その小島に限って南洋植物が生育しているのとが、青島を著名にしているのだが、私共は大し・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
出典:青空文庫