・・・』と、きっぱりと答えたじゃありませんか。私はこの意外な答に狼狽して、思わず舷をつかみながら、『じゃ君も知っていたのか。』と、際どい声で尋ねました。三浦は依然として静な調子で、『君こそ万事を知っていたのか。』と念を押すように問い返すのです。私・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 家康は大蝋燭の光の中にこうきっぱり言葉を下した。 夜ふけの二条の城の居間に直之の首を実検するのは昼間よりも反ってものものしかった。家康は茶色の羽織を着、下括りの袴をつけたまま、式通りに直之の首を実検した。そのまた首の左右には具足を・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・と、きっぱり云った。――その言葉が聞えないのか、お島婆さんはやっと薄眼を開いて、片手を耳へ当てながら、「何の、縁談の。」と繰返しましたが、やはり同じようなぼやけた声で、「おぬし、女が欲しいでの。」と、のっけから鼻で笑ったと云います。新蔵はじ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・中肉で、脚のすらりと、小股のしまった、瓜ざね顔で、鼻筋の通った、目の大い、無口で、それで、ものいいのきっぱりした、少し言葉尻の上る、声に歯ぎれの嶮のある、しかし、気の優しい、私より四つ五つ年上で――ただうつくしいというより仇っぽい婦人だった・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ ちょっとなまって、甘えるような口ぶりが、なお、きっぱりと断念がよく聞えた。いやが上に、それも可哀で、その、いじらしさ。「帯にも、袖にも、どこにも、居ないかね。」 再び巨榎の翠の蔭に透通る、寂しく澄んだ姿を視た。 水にも、満・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・も、屋根も、軒下の流も、その屋根を圧して果しなく十重二十重に高く聳ち、遥に連る雪の山脈も、旅籠の炬燵も、釜も、釜の下なる火も、果は虎杖の家、お米さんの薄色の袖、紫陽花、紫の花も……お米さんの素足さえ、きっぱりと見えました。が、脈を打って吹雪・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ちょうど緋縮緬のと並んでいた、そのつれかとも思われる、大島の羽織を着た、丸髷の、脊の高い、面長な、目鼻立のきっぱりした顔を見ると、宗吉は、あっと思った。 再び、おや、と思った。 と言うのは、このごろ忙しさに、不沙汰はしているが、知己・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ とお澄がきっぱり言った。「身を切られるより、貴方の前で、お恥かしい事ですが、親兄弟を養いますために、私はとうから、あの旦那のお世話になっておりますんです。それも棄て、身も棄てて、死ぬほどの思いをして、あなたのお言葉を貫きました。…・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・省作は今が今まで、これほど解ってる人で、きっぱりとした決断力のある人とは思わなかった。省作はもう嬉しくて堪らない。だれが何と言ってもと心のうちで覚悟を定めていた所へ、兄からわが思いのとおりの事を言われたのだから嬉しいのがあたりまえだ。省作は・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と、きっぱりと答えました。「いや、そうでない。私の志としてです。なにか君にほしいものがあったら、いってください。東京へ帰ったら、送りますから。」と、博士は、微笑みながら、いったのであります。「じゃ、人形を送ってください。」と、信吉は・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
出典:青空文庫