・・・『平凡』では棄てられてクンクン鳴いていた犬の子を拾って育て上げたように書いてあるが、事実は役所の帰途に随いて来た野良犬をズルズルベッタリに飼犬としてしまったので、『平凡』にある通りな狐のような厭な犬であったから、家族は誰も嫌がって碌々関いつ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・四年も外地にいたが、武田さんは少しも報道班員の臭みを身につけていなかった。帰途大阪へ立ち寄って、盛んに冗談口を利いてキャッキャッ笑っている武田さんは、戦争前の武田さんそのままであった。悪童帰省すという感じであった。何か珍妙なデマを飛ばしたく・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ある日の帰途気まぐれに自分はEで電車を降り、あらましの見当と思う方角へ歩いて見た。しばらく歩いているうちに、なんだか知っているような道へ出て来たわいと思った。気がついてみると、それはいつも自分がMの停留所へ歩いてゆく道へつながって行くところ・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・『僕が十九の歳の春の半ごろと記憶しているが、少し体躯の具合が悪いのでしばらく保養する気で東京の学校を退いて国へ帰る、その帰途のことであった。大阪から例の瀬戸内通いの汽船に乗って春海波平らかな内海を航するのであるが、ほとんど一昔も前の事で・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・そして倫理学はその実践への機を含んでしかも、直接に発動せず、静かに、謙遜に、しかも勇猛に徹底して、その思想の統一をとげ、不落の根拠を築きあげようと企図するものであり、そこには抑制せられたる実行意志が黙せる雷の如くに被覆されているのである。・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・帝国主義的発展の段階に這入った資本主義は、その商品市場を求めるためと、原料を持って来るために、新しく植民地の分割を企図する。植民地の労働者をベラ棒に安い、牛か馬かを使うような調子に働かせるために、威嚇し、弾圧する。その目的に軍隊を使う。満洲・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・自然主義文学が、資本主義的生産関係を反映し、あるがまゝに現実を描こうと企図したのに対して、この写生派、余裕派、低徊派等は支配階級の中に根強く巣喰っている封建主義を多分に反映して逃避的唯美的傾向に走っていた。それが、この派をして、社会的現実と・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・往くたび毎に車に乗っても御父様の膝へ突伏してばかり居たが、或日帰途に弁天の池の端を通るとき、そうっと薄く眼を開いて見ると蓮の花や葉がありありと見えた。小供心にも盲目になるかと思って居たのが見えたのですから、其時の嬉しかったことは今思い出して・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・桃内を過ぐる頃、馬上にて、 きていたるものまで脱いで売りはてぬ いで試みむはだか道中 小樽に名高きキトに宿りて、夜涼に乗じ市街を散歩するに、七夕祭とやらにて人々おのおの自己が故郷の風に従い、さまざまの形なし・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・或る晩、私とふたりで、その喫茶店へ行き、コーヒー一ぱい飲んで、やっぱり旗色がわるく、そのまま、すっと帰って、その帰途、兄は、花屋へ寄ってカーネーションと薔薇とを組合せた十円ちかくの大きな花束をこしらえさせ、それを抱えて花屋から出て、何だかも・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫