十二月十日、珍らしいポカ/\した散歩日和で、暢気に郊外でもきたくなる天気だったが、忌でも応でも約束した原稿期日が迫ってるので、朝飯も匆々に机に対った処へ、電報! 丸善から来た。朝っぱらから何の用事かと封を切って見ると、『ケサミセヤ・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・それで、お君は、「あわれ逢瀬の首尾あらば、それを二人が最期日と、名残りの文のいいかわし、毎夜毎夜の死覚悟、魂抜けてとぼとぼうかうか身をこがす……」 と、「紙治」のサワリなどをうたった。下手くそでもあったので、軽部は何か言いかけたが、・・・ 織田作之助 「雨」
・・・肚の底から面白がっている訳でもなく、聴いている私もまた期日の迫った原稿を気にしながらでは、老訓導の長話がむしろ迷惑であった。机の上の用紙には、(千日前の大阪劇場の楽屋の裏の溝 と、書出しの九行が書かれているだけで、あと続けられずに放・・・ 織田作之助 「世相」
・・・税金を持って来たんか。」「はあ、さようで……」「それそうじゃ。税金を期日までに納めんような者が、お前、息子を中学校へやるとは以ての外じゃ。子供を中学やかいへやるのは国の務めも、村の務めもちゃんと、一人前にすましてからやるもんじゃ。―・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・が大神宮様へ二つ、お仏器が荒神様へ一つ、鬼子母神様と摩利支天様とへ各一つ宛、御祖師様へ五つ、家廟へは日によって違うが、それだけは毎日欠かさず御茶を供えて、そらから御膳をあげるので、まだ此上に先祖代々の忌日命日には仏前へ御糧供というを上げねば・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・もはや期日の打ち合わせをするほどにこの話は進んできています。とうさんのことですから、いっさい簡素を旨とするつもりです。生活を変えるとは言っても、加藤さんに家へ来てもらって、今までどおりに質素に暮らして行こうというだけのことです。 期日は・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・アプトデートのテエマで書いてくれ。期日は、明後日正午まで。稿料一枚、二円五十銭。よきもの書け。ちかいうちに遊びに行く。材料あげるから、政治小説かいてみないか。君には、まだ無理かな? 東京日日新聞社政治部、小泉邦録。」「謹啓。一面識ナキ小・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・一つにはまだ年が行かない一人子の初旅であったせいもあろうが、また一つには、わが家があまりに近くてどうでも帰ろうと思えばいつでも帰られるという可能性があるのに、そうかと云って予定の期日以前に帰るのはきまりが悪いという「煩悶」があったためらしい・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・しかし方数十里の地域に起るべき大地震の期日を数年範囲の間に限定して予知し得るだけの科学的根拠が得られるか否かについては私は根本的の疑いを懐いているものである。 しかしこの事についてはかつて『現代之科学』誌上で詳しく論じた事があるから、今・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・だから世人は子規の忌日を糸瓜忌と称え、子規自身の事を糸瓜仏となづけて居る。余が十余年前子規と共に俳句を作った時に 長けれど何の糸瓜とさがりけりという句をふらふらと得た事がある。糸瓜に縁があるから「猫」と共に併せて地下に捧げる。・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
出典:青空文庫