・・・あそこに御出でになる御客人です。」――人の好さそうな内弟子は、無頓着にこう返事をした。 それ以来喜三郎は薬を貰いに行く度に、さりげなく兵衛の容子を探った。ところがだんだん聞き出して見ると、兵衛はちょうど平太郎の命日頃から、甚太夫と同じ痢・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・で、その、ちょっとあらかじめ御諒解を得ておきたいのですが、お客様が小人数で、車台が透いております場合は、途中、田舎道、あるいは農家から、便宜上、その同乗を求めらるる客人がありますと、御迷惑を願う事になっているのでありますが。」「ははあ、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 霜月の半ば過ぎに、不意に東京から大蒜屋敷へお客人がございました。学士先生のお友だちで、この方はどこへも勤めてはいなさらない、もっとも画師だそうでございますから、きまった勤めとてはございますまい。学士先生の方は、東京のある中学校でれっき・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・今朝六時頃、この見附を、客人で通りました時は、上下、左右すれ違うとサワサワと音がします。青空、青山、正面の雪の富士山の雲の下まで裾野を蔽うといいます紫雲英と更めて吃驚したように言うんだね。私も、その日ほど夥しいのは始めてだったけれど、赤蜻蛉・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・その夜七時ごろ町なる某という旅人宿の若者三角餅の茶店に来たり、今日これこれの客人見えて幸衛門さんに今からすぐご足労を願いますとのことなり。幸衛門は多分塩の方の客筋ならんと早速まかり出でぬ。 次の日奥の一室にて幸衛門腕こまぬき、茫然と考え・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・私が二階で小説を書いて居ると、下のお店で朝からみんながわあわあ騒いでいて、佐吉さんは一際高い声で、「なにせ、二階の客人はすごいのだ。東京の銀座を歩いたって、あれ位の男っぷりは、まず無いね。喧嘩もやけに強くて、牢に入ったこともあるんだよ。・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ 私は、やはり、自分の客人を女房にあなどらせたくなかった。自分のところへ来た客人が、それはどんな種類の客人でも、家の者たちにあなどられている気配が少しでも見えると、私は、つらくてかなわないのだ。 女房は小さいほうの子供を抱いて書斎に・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ 昨年の九月、僕の陋屋の玄関に意外の客人が立っていた。草田惣兵衛氏である。「静子が来ていませんか。」「いいえ。」「本当ですか。」「どうしたのです。」僕のほうで反問した。 何かわけがあるらしかった。「家は、ちらかっ・・・ 太宰治 「水仙」
・・・私は、このどろぼうの襲撃を、あくまで、深夜の客人が、つまらぬところから不意に入来した、という形にして置きたかった。そうして置けば、私は、それを警察にとどけなくても、すむのである。私は、あくまで、かれを客人のあつかいにしてやろうと思った。そん・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・その日に私は、客人と長火鉢をはさんで話をしていた。事件のことは全く知らずに、女の寝巻に就いて、話をしていた。「どうも、よく判らないのだがね。具体的に言ってみないか、リアリズムの筆法でね。女のことを語るときには、この筆法に限るようだ。寝巻・・・ 太宰治 「雌に就いて」
出典:青空文庫