・・・いつも黒紋付に、歩くときゅうきゅう音のする仙台平の袴姿であったが、この人は人の家の玄関を案内を乞わずに黙っていきなりつかつか這入って来るというちょっと変った習慣の持主であった。 いつか熱が出て床に就いて、誰も居ない部屋にただ一人で寝てい・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・ホヤの中にほうっと呼気を吹き込んでおいて棒きれの先に丸めた新聞紙できゅうきゅうと音をさせて拭くのであった。 その頃では神棚の燈明を点すのにマッチは汚れがあるというのでわざわざ燧で火を切り出し、先ずホクチに点火しておいてさらに附け木を燃や・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・ たとえば日本士族の帯刀はおのずからその士人の心を殺伐に導き、かつまた、その外面も文明の体裁に不似合なればとて、廃刀の命を下したるが如く、政治上に断行して一時に人心を左右するは劇薬を用いて救急の療法を施すものに等しく、はなはだ至当なりと・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・そのスナップには「写真班は、救急班の到着を待ちかねた」という意味のスクリプトがついている。 王女の生活の公式の面と私的な面とは、右の手と左の手のようなもので、聖書の文句にあるとおり、右手のなすところを左手にしらしむるなかれという関係にお・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・政府が人民生活を再建出来ないでインフレーションの波のまにまに、当選したかと思うと、たちまち選挙違反で検挙されるような代議士の頭数ばかりあつめて、大臣病にきゅうきゅうとしているとき、もし私たち婦人が、心から自分の運命を守ってたち上らないならば・・・ 宮本百合子 「求め得られる幸福」
・・・ 四、貨殖に汲汲たりとは真乎 漱石君の家を訪問したこともなく、またそれについて人の話を聞いたこともない。貨殖なんと云った処で、余り金持になっていそうには思われない。 五、家庭の主人としての漱石 前条の・・・ 森鴎外 「夏目漱石論」
出典:青空文庫