・・・私……もう、やがて、船の胡瓜も出るし、お前さんの好きなお香々をおいしくして食べさせて誉められようと思ったけれど、……ああ何も言うのも愚痴らしい。あの、それよりか、お前さんは私にばかり我ままを云う癖に、遠慮深くって女中にも用はいいつけ得ないん・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ 二葉亭の窮理の鉄槌は啻に他人の思想や信仰を破壊するのみならず自分の思想や信仰や計画や目的までも間断なしに破壊していた。で、破壊しては新たに建直し、建直しては復た破壊し丁度児供が積木を翫ぶように一生を建てたり破したりするに終った。 ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・「釜の下の灰まで自分のもんや思たら大間違いやぞ、久離切っての勘当……」を申し渡した父親の頑固は死んだ母親もかねがね泣かされて来たくらいゆえ、いったんは家を出なければ収まりがつかなかった。家を出た途端に、ふと東京で集金すべき金がまだ残って・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「そう、胡瓜をやって?」「ハア、それで死にそうなのよ」 と言ってる処へ、巡査が通り掛って二人の様子を怪しそうに見て去った。二人は驚いて、「左様なら……」「左様なら……急いでお帰んなさいよ……。」 お富はカラコロカラコ・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ 早生の節成胡瓜は、六七枚の葉が出る頃から結顆しはじめるが、ある程度実をならせると、まるでその使命をはたしてしまったかのように、さっさと凋落して行ってしまう。私は、若くて完成して、そして速かに世を去って行った何人かの作家たちと、この桃や・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・左の方はひろい芝生つづきの庭が見え、右の方は茄子とか、胡瓜を植えた菜園に沿うて、小さい道がお勝手口へつづいている。もちろん私はお勝手口の方へその小さい菜園の茄子や胡瓜にこんにゃく桶をぶっつけぬように注意しながらいったのであるが、気がつくと、・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ わたくしは子供のころ、西瓜や真桑瓜のたぐいを食うことを堅く禁じられていたので、大方そのせいでもあるか、成人の後に至っても瓜の匂を好まないため、漬物にしても白瓜はたべるが、胡瓜は口にしない。西瓜は奈良漬にした鶏卵くらいの大きさのものを味・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・さて当日の模様をざっと書いて見ると、酒の良いのを二升、そら豆の塩茄に胡瓜の香物を酒の肴に、干瓢の代りに山葵を入れた海苔巻を出した。菓子折を注文して、それを長屋の軒別に配った。兄弟分が御世話になりますからとの口上を述べに何某が鹿爪らしい顔で長・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・あれは胡瓜を擦ったんです。患者さんが足が熱って仕方がない、胡瓜の汁で冷してくれとおっしゃるもんですから私が始終擦って上げました」「じゃやっぱり大根おろしの音なんだね」「ええ」「そうかそれでようやく分った。――いったい○○さんの病・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・だからすべての哲学者は、彼らの窮理の最後に来て、いつも詩人の前に兜を脱いでる。詩人の直覚する超常識の宇宙だけが、真のメタフィジックの実在なのだ。 こうした思惟に耽りながら、私はひとり秋の山道を歩いていた。その細い山道は、経路に沿うて林の・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫