・・・ と一処に団まるから、どの店も敷物の色ばかりで、枯野に乾した襁褓の光景、七星の天暗くして、幹枝盤上に霜深し。 まだ突立ったままで、誰も人の立たぬ店の寂しい灯先に、長煙草を、と横に取って細いぼろ切れを引掛けて、のろのろと取ったり引いた・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・とりわけ、地名や人名または切支丹の教法上の術語などには、きっとなやまされるであろうと考えた。白石は、江戸小日向にある切支丹屋敷から蛮語に関する文献を取り寄せて、下調べをした。 シロオテは、程なく江戸に到着して切支丹屋敷にはいった。十一月・・・ 太宰治 「地球図」
・・・霜柱にあれた庭を飾るものは子供の襁褓くらいなものだ。この頃の僕は何だかだんだんに変って来る。美しい物の影が次第に心から消えて行く。金がほしくなる。かつて二階から見下ろしたジュセッポにいつの間にか似てくるようだ。堕落か、向上か。どちだか分らな・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・是れ教法の提灯持のみ、小説めいた説教のみ。豈に呼で真の小説となすにたらんや。さはいえ摸写々々とばかりにて如何なるものと論定めておかざれば、此方にも胡乱の所あるというもの。よって試に其大略を陳んに、摸写といえることは実相を仮りて虚相を写し出す・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
出典:青空文庫