・・・大正十年ごろ、美術学校や早大慶大が女子本科生入学許可の方針をきめたが、それは却下された。早大が昨年やっと正科に女生徒を入れるようになった。 日本の女子にとっては、一層必要とされている経済や法律思想は、現在一般の婦人の常識と日常生活のうち・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ ――百二十四番の室の許可証を下さい。 ゴム印をおし、番号を書いた紙片を貰って、さらにもう一枚ガラス戸をあけて、表階段をのぼって行った。 二階の壁に、絵入りのスモーリヌイ勤労者壁新聞が張り出してある。 スモーリヌイの外観は快・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ はだかろーそくのような形で又炬火の小さいようなものである。美くしい、ヒラヒラ、ヒラヒラともえて行く。 小林区の御役人が来るので、待って居ると、それが見える。 架空索道箇人的のものをとりあつかって、とめ置きも・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・天狗は既に烏天狗の域を脱して凄い赤鼻と、炬火のような眼をもった大天狗だ。天狗は百姓を見て云った。「ヤイ虫ケラ。俺に遭ったのは百年目だ。サア喰ってやるから覚悟しろ」 百姓は浅黄股引姿でブルブル震えながら云った。「アアこれはこれは天・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・大夫の赤顔が、座の右左に焚いてある炬火を照り反して、燃えるようである。三郎は炭火の中から、赤く焼けている火ひばしを抜き出す。それを手に持って、しばらく見ている。初め透き通るように赤くなっていた鉄が、次第に黒ずんで来る。そこで三郎は安寿を引き・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・俳句のことで出るというときだけ、許可してくれるのです。下宿屋全部の部屋が憲兵ばかりで、ぐるりと僕一人の部屋を取り包んでいるものですから、勝手なことの出来るのは、俳句だけです。もう堪らない。今日も憲兵がついて来たのですが、句会があるからと云っ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・サアお出だというお先布令があると、昔堅気の百姓たちが一同に炬火をふり輝らして、我先と二里も三里も出揃って、お待受をするのです。やがて二頭曳の馬車の轟が聞えると思うと、その内に手綱を扣えさせて、緩々お乗込になっている殿様と奥様、物慣ない僕たち・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・そうして千年の闇ののちに初めて光を、炬火の光を、ほのあかく全身に受ける。ヴイナスだ、プラキシテレスのヴイナスだ、と人々は有頂天になって叫ぶ。やがてヴイナスは徐々に、地の底から美しい体を現わして来る。 ある者は恐怖のために逃げ去ろうとする・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・苦患に焔を煽られる理想の炬火。それのない所に生は栄えないだろう。三 私は痛苦と忍従とを思うごとに、年少のころより眼の底に烙きついているストゥックのベエトォフェンの面を思い出す。暗く閉じた二つの眼の間の深い皺。食いしばった唇を・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫