・・・そして二人の間に立つその男は、クララの許婚のオッタヴィアナ・フォルテブラッチョだった。三人はクララの立っている美しい芝生より一段低い沼地がかった黒土の上に単調にずらっとならんで立っていた――父は脅かすように、母は歎くように、男は怨むように。・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・お通に申残し参らせ候、御身と近藤重隆殿とは許婚に有之候然るに御身は殊の外彼の人を忌嫌い候様子、拙者の眼に相見え候えば、女ながらも其由のいい聞け難くて、臨終の際まで黙し候さ候えども、一旦親戚の儀を約束いたし候えば、義理堅かりし・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・大学生であった許婚のカールか贈られた四冊の詩集を、生涯大事にして持っていたイエニー。愛と人生の苦闘とその勝利とは、生きた詩である。マルクス夫妻は、その死を生きた。イエニーが経済的に困難を極める日々のなかでなおハイネの詩を読んでやり、気分の不・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・子を無事にかえしてほしいと思う母親、許婚の命があるようにと願う若い女。本殿のところに腰かけてみていれば、降りそぼつ雨にうたれて、お百度をふんでいる人さえある。せまい陰気な雨の境内は人ごみで雑踏し、賽銭をなげる音がし、祈祷の声がする。切ない心・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・ないがなんでも都の歌人でござったそうじゃが歌枕とかをさぐりにこのちに御出なさってから、この景色のよさにうち込んで、ここに己の骨を埋めるのだと一人できめて御しまいなされ京からあととりの若君、――今の殿が許婚の姫君と、母君と弟君をつれて御出なさ・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 両親の死後、彼女の新たな保護者となった長兄は生憎、許婚者の父とは政敵の関係にあって、その反感から、どうしても二人の結婚を許可しようとはしなかったそうです。 そこで、当時の意向では、ほんの当分の方便として、彼女は従来の生活をすっかり・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・ 松本氏が、急になくなられた許婚の愛人栄子さんと岳父の代人で結婚の盃をあげられた行為は、氏の年齢や学歴やその地方での素封家であるというような条件と対照して、私共の注意を一層呼び起したと思われます。「松本氏の年や地位にてらして何という今の・・・ 宮本百合子 「私も一人の女として」
出典:青空文庫