・・・ と、虚勢を張っていた。 貧乏でも、何万円という酒がしみこんでいる身体のまま死ぬのが、せめてもの自慢らしかった。 借金を残して死ぬ死に方は、いさぎよいというものの、男としては情けない死に方であろう。が、世間の人は、酒が飲めるとい・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ その洒落がわからず、器用に煙草の輪を吹き出すことで、虚勢を張っていると、「――君はいくつや」 と、きかれた。「十八や。十八で煙草吸うたらいかんのか」 先廻りして食って掛ると、男は釣糸を見つめながら、「おれは十六から・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・母牛が犢をなめるような愛は昔から舐犢の愛といって悪い方の例にされているけれども、そういう趣きがなくなっては、母の愛は去勢されるのだ。 子どもの養、教育の資のために母親が犠牲的に働くという場合は、主として父親のない寡婦の母親の場合であるが・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。 太宰治 「桜桃」
・・・人道主義とやらの虚勢で、我慢を装ってみても、その後の日々の醜悪な地獄が明確に見えているような気がした。Hは、ひとりで田舎の母親の許へ帰って行った。洋画家の消息は、わからなかった。私は、ひとりアパートに残って自炊の生活をはじめた。焼酎を飲む事・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・彼の言葉は、ただ、ひねこびた虚勢だけで、何の愛情もない。見たまえ、自分で自分の「邦子」やら「児を盗む話」やらを、少しも照れずに自慢し、その長所、美点を講釈している。そのもうろくぶりには、噴き出すほかはない。作家も、こうなっては、もうダメであ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・またついせんだっても、僕がこんなに放蕩をやめないのもつまりは僕の身体がまだ放蕩に堪え得るからであろう。去勢されたような男にでもなれば僕は始めて一切の感覚的快楽をさけて、闘争への財政的扶助に専心できるのだ、と考えて、三日ばかり続けてP市の病院・・・ 太宰治 「葉」
・・・そうしないでこの悪癖を直す方法はないかと思って獣医に相談すると、それは去勢さえすればよいとの事であった。いくら猫でもそれは残酷な事で不愉快であったが、追放の衆議の圧迫に負けてしまってとうとう入院させて手術を受けさせた。 手術後目立ってお・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
四十年来の暑さだ、と、中央気象台では発表した。四十年に一度の暑さの中を政界の巨星連が右往左往した。 スペインや、イタリーでは、ナポレオンの方を向いて、政界が退進した。 赤石山の、てっぺんへ、寝台へ寝たまま持ち上げら・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ だから、今、お前はその実際の力も、虚勢も、傭兵をも動員して、殺戮本能を満足さすんだ。それはお前にとってはいいことなんだ。お前にとって、それはこの上もなく美しいことなんだ。お前の道徳だ。だからお前にとってはそうであるより外に仕方のない運・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
出典:青空文庫