・・・しからばその価値は何によって規定さるるかと云えば、それは作者の能知が前に云った普遍絶対の原型に近似する程度にあると云われる。換言すればその詩を味わう読者各自の能知に内在する、その原型の模型にどれだけ照応するかの程度によって各評価者の価値判断・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・平たく云えば、方則というものを一種の平均の近似的の云い表わしと考えるのである。そうすれば方則というものはよほど現実的な意味を持つようになって来る。このような区別は甚だつまらぬ事のようであるが、自分はあながちそうとは思わない。 ガス体の方・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・そしてこれらの第二次的影響の微少なる限り近似的に適用するものである。それでこの種の方則は具体的事象の中から抽象によって取り出された「真」の宣言であって、それが真なるにもかかわらず、実際に日常目撃する現象その物の表示ではない。 優れた観察・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・よくは知らぬが、明治の初年に近時評論などで大分政府に窘められた経験がある閣臣もいるはず。窘められた嫁が姑になってまた嫁を窘める。古今同嘆である。当局者は初心を点検して、書生にならねばならぬ。彼らは幸徳らの事に関しては自信によって涯分を尽した・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・と黒と柿色の配合が、全体に色のない場末の町とて殊更強く人目を牽く。自分は深川に名高い不動の社であると、直様思返してその方へ曲った。 細い溝にかかった石橋を前にして、「内陣、新吉原講」と金字で書いた鉄門をはいると、真直な敷石道の左右に並ぶ・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・先ず案内の僧侶に導かれるまま、手摺れた古い漆塗りの廻廊を過ぎ、階段を後にして拝殿の堅い畳の上に坐って、正面の奥遥には、金光燦爛たる神壇、近く前方の右と左には金地に唐獅子の壁画、四方の欄間には百種百様の花鳥と波浪の彫刻を望み、金箔の円柱に支え・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・受けてこれを読むに、けだし近時英国の碩学スペンサー氏の万物の追世化成の説を祖述し、さらに創意発明するところあり。よってもってわが邦の制度文物、異日必ずまさになるべき云々の状を論ず。すこぶる精微を極め、文辞また婉宕なり。大いに世の佶屈難句なる・・・ 中江兆民 「将来の日本」
・・・ 下 近時のわが文壇は殆んど小説の文壇である。脚本と批評はこれに次ぐべき重要の因数に相違ないが、分量からいっても、一般の注意を惹く点からいっても、遂に小説には及ばない。その小説について、斯道に関係ある我々の見逃し・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・ こういうと何だか現在に甘んずる成行主義のように御取りになるかも知れないが、そう誤解されては遺憾なので、私は近時の或人のように理想は要らないとか理想は役に立たないとか主張する考は毛頭ないのです。私はどんな社会でも理想なしに生存する社会は・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・超然として自ら矜持する所のものを有っていた。私の頃は高校ではドイツ語を少ししかやらなかったので、最初の一年は主として英語の注釈の附いたドイツ文学の書を読んだ。 その頃の哲学科は、井上哲次郎先生も一両年前に帰られ、元良、中嶋両先生も漸く教・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
出典:青空文庫