・・・そう言って道太が高い流しの前へ行くと、彼女は棚から銅の金盥を取りおろして、ぎいぎい水をあげはじめた。そして楊枝や粉をそこへ出してくれた。道太は楊枝をつかいながら、山水のような味のする水で口を漱いだ。「昨夜はお客は一組か」「え、一組、・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・その声が思ったより高く一間の中に響き渡ると、返事をするようにどの隅からもうめきや、寝返りの音や、長椅子のぎいぎい鳴る音や、たわいもない囈語が聞える。 フィンクは暫くぼんやり立っていた。そしてこう思った。なるほどどこにもかしこにも、もう人・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫